2014年5月24日土曜日

サッカーが教えてくれたこと

今日は完全休養日,ベッドから出ていないです。渡部です。

明日から本気出す。


家の近所で,7歳の子が一生懸命リフティングの練習をしていました。

もうすぐW杯ですね。

私の知る限り,今回の日本代表は歴代最強のオフェンス力ではないでしょうか。

楽しみです。


今日は昔話です。お暇な方だけお読みください。



小学校5年生からサッカーを始めました。

周りに比べたら始めるのは遅い方だったと思います。

でもキャプテンになりました。


とにかく点を決めるからです。

技術があるのではなく,とにかく「足が速かった」ため,小学生のときにドリブルで抜けない相手は市内にはいませんでした。


中学に上がり,状況は一変しました。

男子中学生はちょうどその時期成長期に入り,中学一年生と中学二年生,また,中学一年生と中学三年生では,フィジカルが本当に桁違いなのです。

足が速いだけでは通用しなくなっていました。

特に技術があるわけでもない。ただ人より一生懸命走るだけ。

レギュラーにもなれず、疎外感を感じた3年間でした。

今まで生活の中心がサッカーだったのに,それすら認めてもらえず,自分の中で何かが壊れたのが分かりました。

人生の中でも本当に辛い3年間でした。






高校に進学することにしました。もちろん公立高校です。

その高校のサッカー部が強いということは,合格した後に知ったことです。

本当は,サッカー部に入るつもりはありませんでした。

ただ,たまたま同じ中学のサッカー部のやつも同じ高校に進学して誘われたこと,中学時代の先輩がそのサッカー部に進学していて誘われたことで,なんとなく入部してしまっていました。

あと,正直言うと,高校でサッカーを続けた理由の一番は初恋が絡んでいるんですけど割愛します。



私の高校は「港南台高校」という学校です。今はありません。統廃合の関係でなくなりました。

はっきり言って強かった。1年生のときに県16に公立で唯一残り,県外の強豪校と試合しても普通に勝ってるし。

あぁ,また中学と同じ疎外感を感じるのか,と一瞬思いました。

ただ,同時に思いました。

高校レベルでこの差なのか,と。

大学に行ったらもっと差が開くのか,と。

サークルみたいのでサッカーは続けられるかもしれないけど,自分は大学の部活とかでは通用しないだろう。本気でサッカーやれるのは,自分であとどれぐらい猶予が残されているんだろうか,と。




この3年間は,自分がサッカーと真剣に向き合える,最後の時間だと覚悟を決めました。




全てを部活に捧げました。

授業中は寝る,ていうか午前中に学校来ない,テストは支障のない範囲で点数をとる(要領が良かった),全体練習の後は必ず居残り練習をする,等です。

私は身長もなく(170センチ),体格も細く(56キロ),パワーも無く(ベンチプレス50キロ),唯一あるのは敏捷性(30m走誰にも負けない。C先輩以外負けない。)ぐらいというスペック。

生き残るために必死でした。

同学年で辞めていくやつもいる中,必死で努力しました。

自分に今,なにが足りないのか。なにを得ればポジションをとれるのか,必死で考えました。




ある日。

自分にキック力が足りないことを嘆いていた私は,「ボール飛ばしたいです。どうしたらいいですか。」と一つ上のGKの先輩に相談しました。

先輩「どうしたの急に。」
おれ「監督がおれを前のポジションからディフェンスに変えようとしています。クリアボールの飛距離を伸ばさないと,たぶん使ってもらえません。」

その先輩は,他の先輩と一緒に,ちょっとふざけながら居残り練習(10人以上いた。)してたんですけど,お楽しみのところ,いきなり真顔で後輩がそんなこと言ってきたから,困った顔をしました。

先輩「じゃあちょっと一回ロングボール蹴ってみ。おーい◯◯!そっちボール行くから拾って!」

蹴りました。届きません。

先輩「じゃあちょっとあっちの方で,壁の5m手前から膝から下のスイングだけで強くボールを撃ち続けてみ。」
おれ「どんぐらいやればいいですか。」
先輩「お前の気の済むまで。」

ハブりやがったなこのやろう!

先輩は他の先輩ときゃっきゃうふふと練習楽しんでました。おれは一人で黙々と壁打ちしてました。

おのれS先輩。めんどくさい後輩をないがしろにしたな。今度マッサージ頼まれたら変なツボをわざと押してやる(後輩のささやかな犯行宣言)。

1時間くらい壁打ちやっていたでしょうか。飽きました。

おれ「壁打ちやりました。」
先輩「あ,終わった?」

終わった?じゃねーよ。

先輩「じゃあまたロングボール蹴ってみ。ただし,遠くに飛ばそうとしないで,5m先に壁があって,その壁に打ち付けるイメージで。」

蹴ってみました。

ゴール前から,センターラインを余裕で超えるロングボールでした。


あれ?


先輩「源は細身だけど筋力はあるから,あとは使い方の問題なんだよ。遠くに飛ばそう遠くに飛ばそうと思って,フォームが大振りになってたんだよ。本当は,太もものスイングから膝下のスイングを加えることで,ボールのインパクトを大きくするんだけど,お前は遠くに飛ばすことで力んで,膝から下のスイングがおざなりになってたんだよ。もう一回やってみ?」


おもくそミスキック。


先輩「ちょwww早速wwwいいか,遠くを意識するな。さっき言った通り,5m先に強く蹴るイメージでやれ。」


おれがミスするたびに他の先輩方は大爆笑。

おれがロングボール成功するたびに他の先輩方は茶化す。

さんざんいじられた。


たぶん1か月後ぐらい。

県下でも強いところと練習試合。

先輩達は普通に勝ってました。

おれら下級生はBチームとして,同様に勝利で続きたいところです。

で,1点差で負けてました。

で,そんとき,確か,おれはまたポジション変えられてて,右サイドハーフかなんかやってたんですけど,相手すげー強かったです。

ラスト5分切ってました。

対面しているマーカーは足が速かったので,とても抜ききれません。

パスが来ました。

ボールをもらう前,一応ゴール前の味方を一瞬確認したんですけど,全然人数いない。相手も抜けない。あー,どうしよっかなー,よし,撃ってみるか。(この間1秒ぐらい。)

一回アーリクロス入れるフェイントいれ,一瞬だけマーク外して,どうせだったらと思って適当にゴールめがけてシュートしてみました。頼む,ゴール前の味方,こぼれ球拾ってくれ。

よく分かんないけどドライブがかかってロングシュートが決まった。


撃った本人が一番驚いて,何のリアクションもせずポカーンとしてしまいました。味方は「もう一点取るぞ!源,もう一点いくぞ!」とノリノリでした。

いや,まぐれだからね。



私が鮮明に覚えているのは,ここからです。

その後,試合は終了し,結局ドローでした。

相手ベンチに挨拶をし,自陣ベンチに戻ったら,


先輩達「よっしゃー!!(おれを歓喜の袋だたき)」

先輩「しびれるねー!もう居残り練習の結果出しちゃったの!?(頭をはたく)」
先輩「お前あれからずっとバカみたいにやってたもんなー!(ケツキック)」
先輩「ずっと練習してたもんなー!ずっと練習してたもんなー!(明らかに監督に聞こえるように)」
先輩「狙うかね!あそこから狙うかね!(肩パンチ)」
先輩「自信のある人は違うな=!」

先輩「いいか,お前は練習して結果を出した。おれらは監督にアピールしたい。騒がせろ。」(小声で)




これは,別におれがえこひいきされていたわけではなく,誰に対してもこういう人達でした。

この中には,もちろん,Aチームに入れず,Bチームで一緒にプレーしていた先輩もいます。

そして,何より重要なのが,おれの居残り練習を見ていない2個上の先輩も混ざってました。たぶん,話に聞いていたのでしょう。

本当に可愛がってもらいました。



うちの高校の伝統として,代が変わるとき,上の代が次のキャプテン及び副キャプテン(2名)を指名します。

キャプテンは1年春からベンチ入りしていたSで決まりでした。

副キャプテンは1年秋からスタメンになっていたKで決まりでした。

残りの一人は誰かなーとみんなが思っていたら,おれが指名されました。

おれ「無理です。」
先輩達「ダメ。お前がやったら面白そう。」

とある先輩「お前はうまくない。でも今まで通りやればいい。そうすりゃチームはうまく回る。」
おれ「やだ。」
とある先輩「お前,疑ってるかもしんねーけど,誰を指名するか,実はすぐ決まった。全員一致だった。」

本当はすごいうれしかった。だからお受けした。




今は全くサッカーと関係ないことやってる。

それでも,サッカーやってて教えてもらったことは,すごい財産になっている。




頑張ってれば,絶対誰か見てくれてるってこと。



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2014年5月22日木曜日

福井地裁が丹誠込めて作った判決文です。

この体温計に間違いが無いのであれば,おれは寝ていなければならない。渡部です。

関節が痛いです。



そんな私のことはどうでもよくて,皆さんご存知だと思うんですけど,昨日,福井地裁がすごい判決を書きました。

【大飯原発 運転再開認めない判決 NHKニュース】
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140521/k10014612701000.html

「運転再開認めない判決」って一瞬日本語が理解できないんですけど,要するに「大飯原発を止めたままにしておけ。」ということです。

福島第一原発事故後に再稼働を認めないという初の判断だったので,原発賛成派,原発反対派の双方の皆さんがどちらも大興奮になっています(二つの意味で)。



ただ,見過ごしがちなのが,なぜ福井地裁がその結論を導きだしたのかということです。

その福井地裁の見事な(ブログ主は原発反対派)理論構成が書かれた判決全文(しかも現物のコピー)がこちら!

【5/21 関西電力大飯原発3,4号機運転差し止め訴訟 福井地裁判決謄本|原子力資料情報室(CNIC)】
http://www.cnic.jp/5851

非常に分かりやすい理論が,たったの86ページに収まっており,読みやすさ抜群です。

賛成派,反対派に関係なく,今後のエネルギー問題を考える上で重要な判断となっておりますので,是非読んで下さい。

ぼくが言いたいことは以上です。

お疲れさまでした。





待って!まだ他のページに飛ばないで!

知ってる。ぼく知ってる。

原子力に関する専門用語盛りだくさんな上に,法律業界特有の分かりづらい言い回し盛りだくさんのこの判決全文を,真っ正面から取り組む労力は半端ではないことは,実際判決文を読み始めた私が一番良く知っています。

でも大事な判決だから,(ブログ主が)大事だなと思うところを抜き出して,翻訳し,コメントうっておきます。気が向いたら見て下さい。

それでは,翻訳スタート!

注意①
何故か判決謄本のPDFからコピペができなかったので,「kom's blog」さんから全文のテキストを拝借しました。ありがとうございます。

注意②
判決文を引用しておりますが,くそ長い綿密な考察に基づいて膨大な量となっています。引用箇所だけでも大変な分量になりましたので,フォントを小さくしています。他意はありません。ブログの長さの問題です。

注意③
ブログ主の翻訳(=意訳)は,全て青文字となっておりあす。青文字はブログ主の見解だと思って下さい。鵜呑みにすると,動悸,息切れ,知ったかぶりによる失恋等の症状が出ることがありますのでご注意ください。


【前提となる考え方:判決文】
 個人の生命,身体,精神及び生活に関する利益は,各人の人格に本質的なものであって,その総体が人格権であるということができる。人格権は憲法上の権利であり(1 3 条, 25 条) ,また人の生命を基礎とするものであるがゆえに,我が国の法制下においてはこれを超える価値を他に見出すことはできない。したがって,この人格権とりわけ生命を守り生活を維持するという人格権の根幹部分に対する具体的侵害のおそれがあるときは,その侵害の理由,根拠,侵害者の過失の有無や差止めによって受ける不利益の大きさを問うことなく,人格権そのものに基づいて侵害行為の差止めを請求できることになる。人格権は各個人に由来するものであるが,その侵害形態が多数人の人格権を同時に侵害する性質を有するとき,その差止めの要請が強く働くのは理の当然である。
【前提となる考え方:翻訳】
 人の命より重要なものって,あるの?


【福島原発事故について:判決文】
 福島原発事故においては,15 万人もの住民が避難生活を余儀なくされ,この避難の過程で少なくとも入院患者等60名がその命を失っている(甲1・15ないし16頁,37ないし38頁,357ないし358頁)。家族の離散という状況や劣悪な避難生活の中でこの人数を遥かに超える人が命を縮めたことは想像に難くない。さらに,原子力委員会委員長が福島第一原発から250キロメートル圏内に居住する住民に避難を勧告する可能性を検討したのであって ,チェルノブイリ事故の場合の住民の避難区域も同様の規模に及んでいる(甲31,32) 。
【福島原発事故について:翻訳】
 福島原発事故のことは忘れてないよね?


【原子力発電というエネルギー施策を止めてもいいのか:判決文】
 原子力発電所は,電気の生産という社会的には重要な機能を営むものではあるが,原子力の利用は平和目的に限られているから(原子力基本法 2 条),原子力発電所の稼動は法的には電気を生み出すための一手段たる経済活動の自由(憲法 2 2条 1 項)に属するものであって, 憲法上は人格権の中核部分よりも劣位に置かれるべきものである。しかるところ, 大きな自然災害や戦争以外で,この根源的な権利が極めて広汎に奪われるという事態を招く可能性があるのは原子力発電所の事故のほかは想定し難い。かような危険を抽象的にでもはらむ経済活動は,その存在自体が憲法上容認できないというのが極論にすぎるとしても,少なくともかような事態を招く具体的危険性が万が一でもあれば,その差止めが認められるのは当然である。このことは,土地所有権に基づく妨害排除請求権や妨害予防請求権においてすら,侵害の事実や侵害の具体的危険性が認められれば, 侵害者の過失の有無や請求が認容されることによって受ける侵害者の不利益の大きさという侵害者側の事情を問うことなく請求が認められていることと対比しても明らかである。
【原子力発電というエネルギー施策を止めてのいいのか:翻訳】
 電気と命,どっちが大事だと思ってんの?


【冷却機能があるじゃないかという主張について:判決文】
 日本列島は太平洋プレート,オホーツクプレート,ユーラシアプレート及びフィリピンプレートの 4 つのプレートの境目に位置しており,全世界の地震の 1 割が狭い我が国の国土で発生するといわれている。 1991 年から 2010年までにおいてマグニチュード 4以上,深さ 100キロメートル以下の地震を世界地図に点描すると, 日本列島の形さえ覆い隠されてしまうほどであり,日本圏内に地震の空白地帯は存在しないことが認められる。(甲 18 ・ 7 56 , 778 ないし 779 頁,訴状 3 1 頁参照)。日本が地震大国といわれる由縁である。
 この地震大国日本において,基準地震動を超える地震大飯原発に到来しないというのは根拠のない楽観的見通しにしかすぎない上,基準地震動に満たない地震によっても冷却機能喪失による重大な事故が生じ得るというのであれば,そこでの危険は,万が一の危険という領域をはるかに超える現実的で切迫した危険と評価できる。このような施設のあり方は原子力発電所が有する前記の本質的な危険性についてあまりにも楽観的といわざるを得ない。
【冷却機能があるじゃないかという主張について:翻訳】
 地震大国日本のヤバさをなめるな。


【使用済み核燃料について:判決文】
 使用済み核燃料は本件原発の稼動によって日々生み出されていくものであるところ,使用済み核燃料を閉じ込めておくための堅固な設備を設けるためには膨大な費用を要するということに加え,国民の安全が何よりも優先されるべきであるとの見識に立つのではなく,深刻な事故はめったに起きないだろうという見通しのもとにかような対応が成り立っているといわざるを得ない。
【使用済み核燃料について:翻訳】
 金をかけて使用済み核燃料を処理してるにもかかわらず,それでも使用済み核燃料の安全性が担保できてないって,お前正気か。


【(原発再稼働)差し止めの必要性について:判決文】
 以上にみたように,国民の生存を基礎とする人格権を放射性物質の危険から守るという観点からみると,本件原発に係る安全技術及び設備は,万全ではないのではないかという疑いが残るというにとどまらず,むしろ,確たる根拠のない楽観的な見通しのもとに初めて成り立ち得る脆弱なものであると認めぎるを得ない。
(中略)
 現在,新規制基準が策定され各地の原発で様々な施策が採られようとしているが,新規制基準には外部電源と主給水の双方について基準地震動に耐えられるまで強度を上げる,基準地震動を大幅に引き上げこれに合わせて設備の強度を高める工事を施工する,使用済み核燃料を堅固な施設で囲い込む等の措置は盛り込まれていない(別紙 4 参照)。したがって,被告の再稼動申請に基づき, 5 , 6に摘示した問題点が解消されることがないまま新規制基準の審査を通過し本件原発が稼動に至る可能性がある。こうした場合,本件原発の安全技術及び設備の脆弱性は継続することとなる。
【(原発再稼働)差し止めの必要性について:翻訳】
 福島原発事故後の新規制基準も,不十分なものとしか思えない。本気を出して新規制基準が作られていない。


【結論(主文):判決文】
1 被告は,別紙原告目録1記載の各原告に対する関係で,福井県大飯郡おおい町大島1字吉見1−1において,大飯発電所3号機及び4号機の原子炉を運転してはならない。
2 別紙原告目録2記載の各原告の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,第2項の各原告について生じたものを同原告らの負担とし,その世を被告の負担とする。
【結論(主文):翻訳】
 なんでこれ動かそうという発想になるの,常識的に考えて。



(今日の一言)

集団的自衛権よりも先に,国内の弱点(原発)を考えた方がいい。


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2014年5月19日月曜日

【短期集中連載】集(以下略)③ 砂川判決について

自分でも何を書いているのか分からなくなったので早くこの連載を終わらせたい。渡部です。



仮に集団的自衛権が必要だとしましょう。

では,現行憲法下で集団的自衛権は認められるでしょうか。

前提として,憲法は最高法規なので,もうめんどくさくなってきたのでダイレクトに言いますけど,安倍さんも憲法には逆らえません。


じゃあ憲法見てみましょうか。


   第二章 戦争の放棄
第九条  日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
○2  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


よく分からん!


憲法9条の文言を見る。

法律で一番大事なのは条文。「文言解釈」です。

あくまで条文を普通に日本語の解釈としてどう捉えるか,それが一番大事と言われています。

今度は色をつけました。もう一回見て下さい。


まずは9条1項。

   第二章 戦争の放棄
第九条  日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
○2  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


まず表題です。どうやら戦争を放棄したようです。

第1項から行きましょう。大事なのは赤字の部分です。主語は「日本国民」,述語は「放棄する」です。

「日本国民は,放棄する。」

何を?

①戦争
②武力による威嚇又は武力の行使

この2点を放棄しております。しかも「永久に」とか言っています。

すごい砕けた言い方をすれば,

日本国民は戦争することを放棄する。

と言っています。

本気か?


次は9条2項。

○2  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


前段を見ると,「戦力を保持しない。」と言っています。

後段を見ると,「国の交戦権は,これを認めない。」と言っています。

本気か?



「戦争」と「自衛権」の違い

そうなんです。すごい大事なことなんですけど,普通に9条を見ると,日本は戦争できない,すなわち,自衛権行使(個別的自衛権の行使)すらできないように読めるのです。

まさに明日のジョーのノーガード戦法。なんというドM的発想。そんな敗戦国で大丈夫か。

ところで,「自衛権」ってなんですかね。

「自衛権」とは,国際法上,一般に,外国からの急迫または現実の不正な侵害に対して,国家が自国を防衛するためにやむをえず行う一定の実力行使の権利であると言われています(有斐閣・「憲法Ⅰ」より)。

そう,よく混同しがちなんですけど,実は,戦争と自衛権は異なります。違いは,「武力攻撃が発生した場合か否か」です。

なんか昔は一緒だったらしいんですけど,世界大戦が二回も起きて,国連憲章とかで区別されているみたいです(原文見たことない。)。

そうすると,憲法は,「戦争は放棄」しているけど,「自衛権については何らの言及をしていない」という不思議な状態に陥ります。ややこしい。

知りたい人は基本書とか読んだらいいと思うんですけど,学説的には,「戦争は放棄していないけど自衛権は国家特有のものだから日本も自衛権はある。」という流れのようです。

でもよく分かんないよね。



砂川事件勃発

こんな憲法さんなので,「果たして憲法は自衛権を認めたのか否か」に関して,学者の皆さんは非常に揉めました。

そんなおり,最近良く聞く「砂川事件」が勃発します!そう,あの大事件,砂川事件です!



【事件の概要】

米軍基地敷地内に,デモ隊が,数メートル,入っちゃった☆
以上。

これだけ。

なんか大事件のように報じられているけど,実はこれだけ☆

ただこの事件の特徴としては,第一審が駐留米軍の合憲性を問題にし,

「即ち同条(憲法9条)は,自衛権を否定するものではないが,侵略的戦争は勿論のこと,自衛のための戦力を用いる戦争及び自衛のための戦力の保持をも許さないものであって,(中略)わが国が外部からの武力攻撃に対する自衛に使用する目的で合衆国軍隊の駐留を許容していることは,指揮権の有無,合衆国軍隊の出動義務の有無にかかわらず,日本国憲法9条第2項前段によって禁止されている陸海空軍その他の戦力の保持に該当するものと言わざるを得ず(中略)合衆国軍隊は憲法上その存在を許すべからざるものといわざるを得ない。

というクソ長い超絶した論理により,

「自衛権は否定しないけど,それ,使えないから。」
「米軍は憲法で禁止されている戦力だから。」

という宣言をした上で,デモ隊全員無罪にするという,検察官にとってはゲ◯吐きそうになる結果になりました。

これに焦った検察官が,ウルトラ焦って事件を最高裁に持って行った。

これが砂川判決です。

よく,判決文は長いので読みたくないと言いますが,砂川判決で9条2項に触れられているのは2ページだけで,大変お求めやすい分量となっておりますので,嫌がらせのように全文を載せます。


ダメだ,やっぱ長い。やめた。

【自衛権について】
しかしもちろんこれによりわが国が主権国として持つ固有の自衛権は何ら否定されたものではなく、わが憲法の平和主義は決して無防備、無抵抗を定めたものではないのである。
(中略)
しからば、わが国が、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうることは、国家固有の権能の行使として当然のことといわなければならない。

【戦力について】
憲法九条は、わが国がその平和と安全を維持するために他国に安全保障を求めることを、何ら禁ずるものではないのである。
(中略)
同条項がその保持を禁止した戦力とは、わが国がその主体となつてこれに指揮権、管理権を行使し得る戦力をいうものであり、結局わが国自体の戦力を指し、外国の軍隊は、たとえそれがわが国に駐留するとしても、ここにいう戦力には該当しないと解すべきである。


そうです。お気づきの方もいらっしゃると思いますが,砂川事件は「米軍が9条2項の戦力に該当するか否か」を判断したものであって,自衛権の有無はおまけで判断しているのです。

なぜ自衛権の有無が「おまけ」なのかというと,第一審がよく分かんないけどそこに触れちゃったもんだから,最高裁として判断せざるを得なくなったからです。

補足意見で第一審にキレている某裁判官もいます(笑)




砂川判決が集団的自衛権も認めているという論法について

結論から言えば,認めていません。

こんなこと言ったらまた偉い人から怒られそうですが,だってそうでしょう。判決の中で「集団的自衛権」なんて出て来ていないんだから。

砂川判決は,あくまで「自衛権が無いと言った第一審を覆さなきゃ!」という前提で判決文を書いているのでとにかく自衛権があることを一生懸命語っています。

他方,砂川判決を集団的自衛権の根拠とする論法は,「その存立を全うするために必要な自衛のための措置」という概念が集団的自衛権を含むという論法をとっています。

砂川判決は,他にも,「国際情勢の実情に即応して適当と認められるものを選ぶことができることはもとよりであって」とも言っています。

でもね,その後にね,

「憲法9条は,わが国がその平和と安全を維持するために他国に安全保障を求めることを,何ら禁ずるものではないのである(ドヤ顔)」

と言っているのね。

そう,全部読むと分かるんだけどね,砂川判決は「他国に助けを求めたっていいんだぜ」ってドヤ顔しているのね。

ということはね。

ぼくが何を言いたいかというとね。

このドヤ顔の砂川判決もね,

まさか日本が自主的に他国に武力介入することは想定していないのね(この連載はこれが言いたかっただけです。)。

だいたい砂川判決はおまけで述べただけなんだ。おまけを主張の軸にするな。というかまず9条本体を読め。文言解釈をしろ。なんでお前は日本語が読めないんだ。なんでもかんでも最高裁最高裁って言えば済む問題じゃねーぞ。ていうか最高裁判決は全文を読め!



おれは何を言いたかったんでしたっけ?

あぁ,とりあえず条文見て下さい。


(今日の一言)

仕事の鬱憤が全部このブログに来ている。


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【短期集中連載】集団的自衛権の議論を知ったかぶりする方法②

それでは②の話に入りません。渡部です。


大事な前提を忘れてました。

前記事でも書きましたが、①必要性がない、という結論になれば、②以降の話は無駄だからです。

必要性のないものを考えるのは生産性がないからです。

従って、①の必要性は自分の中で決めた方がいいです。

「解釈変更は閣議でいけるよな?」と聞かれたら、「キミはそもそも集団的自衛権の必要性について具体的にどう思っているの?」と問い返してみて下さい。明らかにスマートです。

必要性の議論での注意点

「正義」「国際秩序」「愛国心」「平和ボケ」「日本を危機的状況に貶める」等,抽象的なワードを使っているとモテません。逆に鬱陶しがられます。

こういった言葉には,ある意味甘美な響きがあるので,賛成派も反対派も使いたがる人が多いのですが,その実,中身が何も伴っていないことが多いです。



甘美な言葉で期待や不安を煽る。

これは「議論」ではなくて「ナ◯スドイツの手口」です。



話は変わりますが,法律の世界では,「信義則違反」という主張があります。

民法上,当事者が合意すれば原則それは有効なんですけど,それでも,「権利行使や義務履行は,互いの相手の信頼や期待を裏切らないよう誠実に行わなければならない。」という法理がありまして,この信義則に違反すると契約等が無効になりますよ,というものです。

「そりゃあそうだろう」と思われる方が多いと思いますが,実はこの信義則違反の主張,業界では「最後の手段」とさえ言われており,「他の法的構成がどうしても危なっかしいときにこれを出さざるを得ない!」という感じで使われております。

理由はただ一つ。信義則の中身が抽象的でよく分からないから,裁判官が判決で引用したがらないからです。

これはあくまで一般論ですが,「信義則違反」しか法的構成がない訴状を裁判所に提出すると,裁判官と被告代理人が非常に冷めた目でこちらを見てきます。

それぐらい抽象的な言葉のみ並べるのは,「この人中身がすっからかんなのではないか。」というあらぬ疑惑を生むだけなので注意して下さい。



結局必要性はあるのか否か



これはご自身で考えてみてください。

できるだけ具体的に・できるだけ個別的に,がコツです。



「しかし私は軍事的な専門知識がないのですが…?」

大丈夫です。私も全くありませんし,普通の人はありません。

ただ,せっかく安保懇が具体的な事例を挙げて必要性を論じてくれています。

とりあえず,安保懇の言っていることを,ご自身の感覚で合っているか否か,考えて頂くことが「あ,こいつ知っているな」と知ったかぶるコツです。

注意して頂きたいのが,ここで変に「世界情勢は云々」とか「日中関係が云々」とか,中身すっからかんのワードを出さないことです,一瞬でバレます。



ただ、ブログ主の見解を申し上げますと、ない、です。

まず事例1については、ベトナム戦争を思い出して頂ければ良いと思います。

ぼくの世界史の知識によれば,ベトナム戦争は,第二次世界大戦後,日本がベトナムから引き上げた後,独立を求めるベトナムとフランスがインドシナ戦争をして,その結果フランスが引き上げちゃったもんだから,ベトナムが共産党主導の国家になること(旧ソ連側・東側になること)をビビって始めた戦争です。

ベトナム戦争において、アメリカはコテンパンに負けました。
理由はベトコンゲリラが一般人と同じ服装で普通に闊歩しているため、アメリカ軍が敵を定められなかった等々言われておりますが、まぁ見事に負けました。ボッコボコに負けました。

ベトナム戦争では,アメリカ軍の爆撃機が沖縄からも出ています。例の枯れ葉剤の戦闘機が出ていたかは知りません。


で、何が言いたいかというと,事例1では,「アメリカがベトナム戦争みたいに,東アジアで有事を起こした場合には,日本軍が最前線に立つ」ということです。

相手の船なんて調べ出したら絶対どんぱち始まるに決まってるしね。

ベトナム戦争では日本が戦場になることはなかったけど,事例1の場合,アメリカがよく分からない大義(例:危険な共産主義国を倒す!みたいな。)で戦争おっぱじめた場合,日本が関与することにより,「アメリカとどこかの戦争の舞台が日本になる」可能性ってゼロじゃないと思うの。

そう,アメリカの小間使いみたいなもんだよね。嫌じゃない?そんなの。

アメリカの戦争に大義なんて無い方が多いと思うよ。よく知らないけど。

ほら,イラク戦争だって,大量破壊兵器がイラクにあるって言っておきながら,戦争終わるまで見つからなかったからね。そんなもんだね。

私は別に「米軍の目が節穴」と言いたいのではありません。
私が申し上げたいのは、「他国の内部情勢を把握するのはアメリカのような大国であっても間違えることがあるので、日本はなおさら気をつけるべき。」ということです。

(日本が世界にスパイを送っているかは知りませんが、私のハリウッド映画の知識を前提にすると、CIAほどではないと思っています。)



あ,あと,「有事の際に米軍船で日本に帰還する日本人を守るため」とか安倍さん言っていたけど,普通に日本の船で帰るんじゃないかな, その場合。日本の自衛隊に船が無いのなら別だけど。




事例2なんだけど,正直な話,「そのミサイルはアメリカが迎撃すればいいんじゃないかな。」と思っています。

これは「無責任」とかそういう話じゃなくて,純粋に,「打ち上げられたミサイルがアメリカに到達する前に日本が撃ち落とすというのは,よほどのミサイルの精度と速度が必要で,アメリカから撃ち落とす方が時間的余裕があるから楽なんじゃないかな。」というものです。


事例3に至っては,「そもそもなんでそんなところに機雷をしかけられてるんだ。そんな紛争地帯通って貿易するアホな会社は果たして存在するのか。」と思っています。



事例4は大量破壊兵器の話と被るので省略します。


安保法制懇報告書の事例5も同様。

安保法制懇報告書の事例6は個別的自衛権。


何が言いたいかというと,安保懇の「必要性」は,ボクんとこ全然届いてないよ!響いて来ないよ!もっと頑張ってよ!もっと日本が窮地に陥っているということを説明してくれないと,「もしもある日おじいちゃんが突然自分の名前を歴史に残したくなったら」っていうコント見てるような気がしてくるんだよ!

言い過ぎた。


ということで,私自身は安保懇の報告書の必要性が全くよく分からないんですけど,「必要性あり!」と決断した方もいらっしゃると思いますので,次回は「現行憲法下で集団的自衛権は認められるか。」という次の話をします。


【次回】→週末までには。



(今日の一言)

ようやく法律の話ができる。



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2014年5月18日日曜日

【短期集中連載】集団的自衛権の議論を知ったかぶりする方法①

「最近,貴様のブログは小難しい」と言われた渡部です。


そんなつもりはないんですけど,よく見てみたら,最近,ぼくんところの内閣の悪口ばっかり書いている自分に気がつきました。

「人様の悪口は言うもんじゃないの!」とよく母親に叱られていたのを思い出しました。

これはいけない。この傾向はいけない。何も考えずにブログを更新するのはよくない。

そう思い,今日も何も考えずに筆をとっています。



話は変わるんですけど,この間,NHKで集団的自衛権を取り上げた番組がやっていました。

視聴者からの声も応募していて,それなりに面白かったんですけど,中にこんな投書がありました。

20代男性「どっちの立場も言っていることに決めてを欠いていて,どちらに賛成したらいいのかよくわからない。」(要約)

このとき私に衝撃走る。

私「これだ!」

このブログのアクセス数を更に増やしたいという隠れた野望を持っているこの私。

このブログの存在を知っているのに執筆依頼をしてこない◯波書店に恨みを持っているこの私。

何かの需要を見つけた気がしました。

最近何かと話題の「集団的自衛権」。

でも,何か小難しくて,いったいどういう議論なのか分からなくて困ることありませんか?

井戸端会議をしていたら,「◯◯さん,あのスーパー明日特売らしいわよ?ところで集団的自衛権についてどうお考えですか?」と聞かれることありませんか?

仕事をしていたら,部下から「部長,決済をお願いします。あと,集団的自衛権もお願いします。」と頼まれることありませんか?

勇気を出して先輩に告白をしたら,「おれ,集団的に自衛できない人とは付き合えないから…。」という甘酸っぱい想いをしたことはありませんか?

待望の第一子が発した言葉が「しゅうだんてきじえーけん」だったので非常に困ったことはありませんか?

「しゅう」まで入力したら,予測変換の第一候補が「集団的自衛権」で困ることはありませんか?(私)


このブログの読者の皆さんは,このような経験が全員「ある」ものだという前提で進めます。


これより,議論することが仕事の弁護士が,口喧嘩することが仕事の弁護士が,ていうか口喧嘩で負けたためしがない私が,「集団的自衛権の中身まで深く踏み込まないんだけどなんとなく知っているような雰囲気を醸し出す方法」を教えます。

というか,集団的自衛権の議論を整理します。

あくまで「知っているような雰囲気」なので,最低限のレベルにとどめます。

これで興味を持って,自分でちょっと調べてみようかなと思って頂ければ幸いです。




議論の順番

議論の順番としては,
①集団的自衛権の必要性
②集団的自衛権が必要だとして,どのように認めるか
という流れで考えて下さい。

よく,ニュース等で「閣議決定では無理」とか「憲法改正が必要」とか「集団的自衛権は限定的にすれば現行法で行使可能」とか報道されておりますが,全て②の話です。

これはどんな議論でもそうですが,何かをしようとしたときに,
①必要性があるか
②必要性があるとすればどうしたらいいか
という筋で議論するのが効率的です。

何故ならば,①で「必要性がない」という結論になれば,②の話をする必要がないからです。

報道に接するときは,「今は①の話をしているのか,②の話をしているのか」を意識していると良いと思います。




集団的自衛権の必要性(①の話)

集団的自衛権が何故必要なのか?
これについては,「必要だ」と言っている人に説明してもらうというのが筋です。

何故なら,集団的自衛権という概念を認めなくても,今まで日本は普通に存続してきたからです。

何かを変えるときは,変えようとする側が「必要性」を説明することで初めて議論が開始されるわけであって,決して変えなくてもいい側が「不必要だ」ということを説明する必要はありません。

この「必要性」も具体的なものでなくてはいけません。「なんとなく必要だと思うからお前の方でいらないという理由を説明しろ」という相手の論法に乗っかると,間違いなく負けます。

よく,法律の世界で,「ないことの証明は『悪魔の立証』」と言われますが,「いらないこと」を説明するのって,ものすごいナンセンスなんです(法律の世界に似たような概念として,「立証責任」というものがあります。)。

「日本が危ないじゃないか!お前はなにを考えているんだ!」という主張に対して真っ向から立ち向かう必要はありません。「何故危ないのか説明しろ。それも具体的にだ。議論はそれからだ。」というのが紳士淑女のたしなみです。

集団的自衛権が必要か,不必要か,あなたがどちらの立場に立たれているのかは分かりませんが,上記のような質問には,必ず上記のような返事をしてみて下さい。これにより,「相手が議論する余地のある人間か否か」が分かります(法律の世界でも同様)。

で,今,「必要だ」と言っているのは総理なんですけど,総理の私的諮問機関(安保懇)が報告書で「必要性」を挙げました。


安保懇の報告書

とりあえず今は読まなくていいです。

リンクは貼っておきます。

なぜ読まなくていいかというと,内容が難しくてうんざりするからです。知ったかぶりですまそうとしているのにこの分量はあり得ません。

あと,今読まなくていい理由はもう一つありまして,この安保懇の報告書,上記の①必要性の話と②必要だとしてどうするべきかの話を意図的に混同させることにより,「これは認めるべきでは」という方向に誘導する「文章構成」になっています。

具体的に申し上げますと,目次を見て頂ければ分かるのですが,「②の話をした後にその気にさせて①の話をし,最後に再び②の話に持っていって落ち着かせる」という分かりにくい構成になっています。たぶん,意図的に。

議論をする上で(知ったかぶりをする上で),最も大事なのは,「自分の頭で考えた(っぽい)」ということです。意図的な誘導に乗ること無く,まずは自分の頭で考えるべきです。自分の頭で考えた結果,どちらの結論になるかは自由なのです。

ただ,安保懇の報告書には,①の必要性の部分に関して,6つの事例を挙げています。

他にも書いてあるんだけど,今は知ったかぶりをするだけなのでこの4つさえ押さえておけばだいたい議論には応戦できるので問題ないです。


以下,6つ中4つの事例を挙げますが,その事例を見てあなたがどう思うかは自由です。

ただ,大前提として,現在日本には個別的自衛権(日本が攻撃を受けた際反撃する権利)が認められているということは頭に置いて下さい。

その上で,4つの事例を見て,まず自分の素直な感想を持つことが大事です。

感想例も挙げておきますが,あくまで例なので,他の感想を持っても不思議ではありません。

知ったかぶりをするためには,やはり自分の感覚に近い意見というものを選択した方がいいと思いますので,変に周りがそう言っているから,特にブログ主がそう言っているからといって流される(反発する)と,自己矛盾に陥ります。自分に嘘ついて生きることほど辛いことはないので,気をつけて下さい。

また,このブログの趣旨から,「どちらが正しいか」は書きません。是非感覚を大事にして下さい。
但し,議論をする上で,相手の感覚を知ることも大事ですので,自分の感覚に合わないものを全否定することは避けた方がいいと思います。そういう人は友達ができません。


事例1 我が国の近隣で有事が発生した際の船舶の検査、米艦等への攻撃排除等

安保懇:日本の近くでアメリカがおっぱじめた際,アメリカの敵国船が日本の近くを行き来しているのが危なくて仕方ないからその船に対応できるようにすべき。

なるほど。日本は攻撃受けてないけど,その船とかスルーしてたら怖くて仕方ないということですね。

Aさん:おれは安保懇の考え方と一緒だ。

知ったかぶる上で,この解答は0点です。モテません。
なぜなら自分の頭で考えていないことが丸出しだからです。もう少しなんとかしないとモテません。

Bさん:日本領域内でこのような事態が生じた場合には,近い将来日本に対する攻撃が予測できる場合もある。それに対しては,日本に対する攻撃がない場合に船舶を検査するとそこで武力衝突が生じるおそれがあり,個別的自衛権以外の対抗策をとる必要がある。

これはモテます。一瞬で彼女はメロメロです。

Cさん:日本の領海内に武器を持って侵入してるのであるならば,それは日本領海内に敵意をもって侵入したものとして,個別的自衛権でクリアできる。

これもモテます。

ブログ主:ていうかこれどことどこの国を想定してんの?

あまりモテてません。



事例2 米国が武力攻撃を受けた場合の対米支援


安保懇:同盟国アメリカにミサイル撃ってきた場合,アメリカの要請で,アメリカに着く前にミサイル迎撃しなければならない。

同盟国アメリカを日本と同視して,必要性を述べています。

Aさん:アメリカを助けなければ,日本の経済も大混乱になる。

Aさんが改心して自分の頭で考えるようになりました!
たぶんモテたかったんだと思います。

Bさん:アメリカへの攻撃はミサイルに限らない。やはり事例1と同じように,日本の領海を通過してアメリカへ進撃する場合に食い止める方法を模索すべきではないか。

Bさんはさっきからモテまくりです。

Cさん:例えば朝鮮半島から発射されたミサイルは,日本上空は通過せず,北極圏を通ってアメリカに向かうのであり,日本に直接の危機はない。また,そのようなミサイル迎撃システムは現在の技術では不可能である。

実はこれはよく言われていることです。政府もこの技術がないことは暗に認めています。

ブログ主:ていうかそんな技術があったら,アメリカよりも先にまず日本を潰しにかかるんじゃないの?

よく非国民と言われます。



事例3 我が国の船舶の航行に重大な影響を及ぼす海域(海峡等)における機雷の除去

安保懇:日本の航行に機雷(海中にある船に対する地雷みたいなもの)を除去しなければ日本経済にダメージが出る。これは日本に対する攻撃が無いので個別的自衛権では無理。

機雷って初めて知った。

Aさん:機雷なんて嫌い。

Aさんの脳みそが停止してきました。

Bさん:機雷設置箇所は紛争地帯が多く,機雷を除去するのには武力衝突が現実的に考えられる。

Bさんはいったいどれだけモテるんでしょうか。

Cさん:機雷探知能力があれば,それを避ける能力はないのか?またPKOの後方支援という形で除去できないのか?

さすがCさん,柔軟な発想。

ブログ主:こういうケースって,過去にあったの?


事例4 イラクのクウェート侵攻のような国際秩序の維持に重大な影響を及ぼす武力 攻撃が発生した際の国連の決定に基づく活動への参加

安保懇:国連加盟国である以上,世界平和に日本も血を流して寄与すべき。

そういう考え方は確かにある。

Aさん:省略

Aさんの意見を考えるのがめんどくさくなってきました。

Bさん:イラクの大量破壊兵器の件もある。「国際秩序の維持」という甘美な言葉に酔うことなく,他国間の紛争介入は慎重であるべき。

おーっと!Bさんまさかの安保懇に反対意見!!

でもこういうことが,まさに「自分の頭で考える」ということです。さすがBさん。付き合った女性の数は軽く3桁行っていると思います。

Cさん:日本は国連軍に寄与すべき。自分だけ血を流さないのはずるい。

Cさんも自分の意思を強く持っていたの巻。

ブログ主:イラクであれだけ揉めたのに(以下略




次は②の話に入ります。

【次回】→できた。



(今日の一言)

議論を整理するつもりが,できていない。


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2014年5月16日金曜日

戦後脱却 戦前突入

今日は事務所の創立2周年記念日です。渡部です。


まぁだからと言って特にないんですけど。夜,闇金ウシジマくんの映画観に行くぐらいです。

なんか本当に最近楽しみがなくて,本当に闇金ウシジマくんぐらいしか楽しみがなくて,毎日毎日同じことの繰り返しで「生キテル気ガシナインダヨー!」(©笑う犬の生活)ていう感じだったんですけど,昨日,すごい面白い人を見つけました。

そう,笑う犬の生活に勝るとも劣らない面白さ,その名も,岡崎久彦氏。

皆様ご存知でしょうか。

Wikipedia情報によると,駐タイ日本国特命大使などの輝かしい経歴を持ち,現在,安倍晋三首相の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(リンク)の主要メンバーのようです。


ところで,少し話は変わりますが,現在の集団的自衛権に関する報道は,報道機関の側にも問題があると思います。

小難しいことは他の人達のブログに任せますが,集団的自衛権について,報道機関は,まず閣議決定の可否について論じていますけど,まず憲法ありきだから!憲法の中身を見て!


安倍さんの論法に沿った報道してたらダメなんじゃないかな。

だいたい,安倍さんも,報道機関からの質問に「答えてない」からね。

注意深くニュースを聞いてみて下さい。

安倍さんは必ず記者の「合憲か否か」の質問に対して論点をすり替えて「集団的自衛権の必要性」を語って終わっています。

あと,これ面白いからぜひ見てみて下さい。
【集団的自衛権,安倍首相は憲法解釈をどう変えたいの?口語訳してみた】
http://www.huffingtonpost.jp/2014/05/14/right-of-collective-self-defense_n_5324288.html?utm_hp_ref=japan


〜閑話休題〜

そんな「のらりくらり質問を躱す安倍さん」に嫌気をさしている皆さんも多いのではないでしょうか。

そんなあなたに朗報です。

岡崎久彦氏がきちんと質問に答えてくれています!


氏がテレビ東京の質問に答えています。その動画がこちら。
【集団的自衛権 安倍総理の「師匠」直撃!:NEWSアンサー:テレビ東京】
http://www.tv-tokyo.co.jp/mv/newsanswer/life/post_66214/


なんという論理的な回答!質問から逃げることなく,正面から正々堂々と答えております!本当に「師匠」なのかは知りませんが,さすが安保法制懇の主要メンバー!そこにシビれる憧れるゥ!

でもこれは動画です。音を流せない環境下でこのブログをご覧頂いている方もいるかもしれません。

そこで,今日は,氏のQ&Aを抜き出し,私が解説をしようと思います。


Q:(安保法制懇の)報告書は日本をどう変える?
A:日米同盟を強化して,バランス・オブ・パワーが崩れないように。つまり(集団的自衛権を認めると)日本の安全が守れるようになる,そういうことです。

なるほど。あくまで第一に念頭においているのはやはりアメリカなんですね。

あ,この回答,続きがありました。

A:「中国 対 日米同盟」と割り切れる。

中国が敵性国家と言い切りました!なんという潔さ!もはや中国とは経済的交流は望めない!


Q:日本もアメリカと同等に武力行使して戦うということか?
A:そういうことですね。


そうだよね!安倍さんはなんかその辺否定する発言してたけど,やっぱりそうなるよね!おれの理解と一緒だ!


Q:(安保法制懇が想定している)事例以外の(集団的自衛権行使)パターンも考えられる?
A:あぁ,そりゃあもう無限にある。

そうだよね!安倍さんは「限定的に」とか言ってるけど,集団的自衛権の概念上,限定的にできる分けないよね!この人理論的だわー。

A:最後は総理大臣の決定です。

は?

どういうことだろう。おれの理解だと,「国民>憲法>総理大臣」なんだけど,氏の理解では「総理大臣>憲法>国民」なのかな。

分かったこの人法学部じゃなかったからきっと憲法を知らなかっt

東大法学部卒でした。


Q:自衛隊の武力行使に歯止めがかからなくなるのではないか?

お!さすがぶれないことで定評のあるテレビ東京,良い質問だ!さぁ氏はなんと答えるのかな!?

A:歯止めは総理大臣です。それ以外ない。


全力で法の支配を否定し,人の支配を肯定する中世ヨーロッパ以前のコペルニクス的発想!

現在の司法試験の採点基準を大きく変換させなければならない熱い想い!


Q:一部の国民から反対意見も出ているのは…?
A:それは誰が言っているのですか。(記者に対して)あなたの意見なんですか?


さすが氏である。国会や官邸周辺で行われているシュプレヒコールは一切聞こえない!テレビも見ない!新聞も読まない!ネットも見ない!信じる者は己のみ!たぶん安保法制懇は人里離れた山奥で精神集中させて行われているものと思われる!




Q:安倍総理の判断で,最終的に(集団的自衛権を)行使した場合に,それが戦争に発展するかもしれない?

いやいやテレビ東京さん。集団的自衛権行使それ自体がそもそも戦争だからね。その質問はおかしいんじゃないかな。

A:ありますね。国家の命運に関しますからね。

さすが氏である。テレビ東京さんのちょっとズレた質問に対しても,真摯に,そして理論的に答えてくれる。

ただ問題は安倍さんだけの問題でなく,今後の日本の総理大臣がどういう態度をとるか,憲法という縛りを緩くしてしまっていないかというのが私の危惧なんですけど,氏はこう答えています。



A:(仮に)総理大臣が間違ったということは,選んだ国民が悪い。





騙す方より騙される方が悪い!今日これから観に行く映画のウシジマくんに出てくるキャラクターのようだ!とても日本の舵取りの一部を担う側の人間の発言とは思えない!

ていうかこれ,まるでどこかの第二次世界大戦の敗戦国のような思想だ!大人の事情で固有名詞は出さないけど,完全に戦争で負けた側の思想だ!

そうか!安倍さんが言っていた「戦後脱却」というのは,「戦後レジームから脱却して戦前状態に突入しようぜ」ということだったのか!



個人的に氏は好きです。思想は私とかなり違いますが,正直に理論的に答えていますからね。

良し悪しは別ですけど。

安保法制懇って,こういうメンバーで固められてんのかなー。

YESマンだけで固めてんだろうなー。

そういうのって,器が小さい人のやることだよなー。




(今日の一言)

氏の理論で行くと,器の小さい人を選んだ国民のせい。



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2014年5月2日金曜日

人を殺す覚悟はできたかい?

今日は仕事で嫌なことがあったので自由に書きます。渡部です。


明日は憲法記念日ですね。

それに伴い,例の集団的自衛権に関して,賛否両論の報道,デモ,ビラまきなどが行われているようです。

で,当然私はそういった弁護士会もやってたビラまきに参加もしてないし誘われてもいないので,普通に仕事してました。

そして明日はぼくの誕生日なので,特に政治的活動をする予定はなく,自分への誕生日プレゼントでメガネを買いに行こうかと予定を立てております。

私は「999.9」のメガネをかけているのですが,最近,喫煙所でよく談笑する書記官さんが999.9の大ファンであることが判明し,999.9の良さを語ってくれるため,999.9のサングラスが欲しいんです。

サングラス。かっこいい。

週末明けて,私がサングラスをしていなかったら,お店で試着して似合わなかったから意気消沈ということなので,そっとしておいて下さい。






いつにも増して,「今日は結局何が言いたいんだ」という流れでお送りしております。





あ,昨日,我が家で,「紙媒体で買って既に読んだ小説を電子書籍で買う(しかも2冊)」といういたたまれない事件があったんですよ。

そんなことを愚痴っていたら,先輩の弁護士から,「ブクログ使えばいいじゃない。」というアドバイスを頂いたんですよ。

で,こういうサービスなんですけど,自分が読んだ本を記録し,レビューとか書けるらしいです。

なにこれ超便利。

なるほど,最近はこんな便利なサービスがあるんだなと思ったら,どうやら10年前から存在しているサービスのようで(Wikipedia情報),私は昨日知りました。

で,せこせこと自分の読んだ本を登録して,自分の本棚を作っているんですけど,どうやら私はミステリーとかホラーが好きなようですね。東野圭吾の量が半端じゃない。

かといって,「どのようなトリックで殺したのか」が好きというよりは,「何故殺したのか」という動機が解明されて行く本が好きみたいです。

法曹が実務に出る前,「殺意認定のための5要件」というのを司法研修所では訴訟物ではないにも関わらず徹底して勉強する(正しい使い方)んですけど,動機って,殺意の認定(特に消極的に認定する場合)にはすごい重要な要素と言われています。

まぁ文献見直していないんで,5要素だったかどうか忘れましたが。







さて。






集団的自衛権に関し,様々な議論がなされています。法的観点から,事実的観点から,政治家としての立場から,弁護士としての立場から,ジャーナリストとしての立場から,一般市民としての立場から。

他人事として捉える人もいるし,「日本防衛のため必要なんだ」という人もいるし,「戦争に巻き込まれるなんて」という人もいます。

以下は私の個人的な感覚なので,読み飛ばして下さい。こっから先は胸くそ悪い話になります。

今回の題名に興味がある人だけ下にスクロールして下さい。








あ,今回,法律的観点ゼロです。









このブログを読んで下さっている方の中に,人を殺したことがある方はいらっしゃるでしょうか。

もしいらっしゃったら,二度と殺さないで下さい。一生悔い続けて下さい。

「お前は何を言っているんだ」と言う方もいるかもしれません。

人を殺しても,死刑にならない限り,娑婆に出ます。

人を殺した人と一緒に,社会が成り立っていることを忘れないで下さい。

ちなみに,このブログは月あたり5000〜Ⅰ万件のアクセスを頂いております。

何人か,人を殺したことのある方がいても全く不思議ではありません。



このブログを読んで下さっている方の中に,人を殺した方と話したことのある方はいらっしゃるでしょうか。

私はあります。仕事ですしね。

裁判員裁判も始まっておりますし,選任された方はお話したかもしれませんね。

また,自分と関係している方が人を殺したというケースもあり得るでしょうね。

人それぞれでしょうけど,また,使った獲物によるのでしょうけど,殺したときの感覚って,残るんですよ。

ずっと。

夢に出てくるそうです。血が噴き出した瞬間が。人間の中身が外側に出た瞬間が。



このブログを読んで下さっている方の中に,殺害されたご遺体を見た方はいらっしゃるでしょうか。

私はあります。仕事ですしね。

殺害方法によるんですけど,基本的に目の奥がかーっと熱くなります。

裁判員の方が,写真を見ただけで気分がすぐれなくなって,というニュースも拝聴したことがあります。

あとね,臭いがね,すごいの。

死後何日経過しているかにもよるんですけど,こっちの体にもつくの。

それ以上にね,ご遺族の顔がね,映像として脳に残るの。



ミステリー小説や,ホラー映画や,戦争映画の比じゃないの。人間が殺されるって。

例えナイフじゃなくて銃で撃とうが,トリガーの重みってずっと残るの。殺した側に。



なんでこんな話しているかというと,集団的自衛権というのは,小難しい議論はあるものの,共通して言えることは,「日本に対する攻撃を前提としていない攻撃」ということだからです。

「日本に対する攻撃を前提とした攻撃」(個別的自衛権)っていうのは分かるよ。正当防衛みたいなもんだよね。

「日本を守る」という動機のもと,人を殺すんだからね。まだ殺す動機としては救いようがあるかもしれないよね。

今の内閣はね,「将来殺しにくるかもしれない国に対しては先に殺しておく」って言っているんだ。

「将来殺しにくるかもしれない」で殺される方の気持ちって,どんな気持ちだろうね。



あとね,「国がそんな暴挙に出る訳がない。アホか。集団的自衛権は最低限認めた方がいいだろう」という人がいるけどね,おれからしたらね,なんでそんなに国を信頼しているのかが分からないんだ。

ぼくが師事した教授の言葉を言おう。

「性善説に立って物事を考えてはいけない。必ず人は約束を破るものとして考えなければならない。法律を学ぶ以上,『最悪の事態』を常に想定して考えなければならない。何故なら,人が皆性善ならば,争いは起きないし,法律がいらなくなるはずだが,世の中はそうは動いていないからだ。」

良い言葉だね。枝葉の部分は記憶が薄いので盛ったけどね。



あとね,「自分の子ども達のためにも集団的自衛権は認めてはいけない」という人もいるけどね,それは確かにそのとおりなんだけどね,そうとも言えないことも分かっておかないといけないと思うのね。

例えばね,ロシアの軍事介入を牽制する意味で,ウクライナが徴兵制を復活させたんだ。

ロシアっていう国はね,大統領が超強そうだけど,実はすごい慎重な国でね,昔からね,ロシア(旧ソ連といってもいいや。)の国境に西側諸国が接しないように,周りを東側の国で固めることに奔走したんだ。高校のときに世界史で習ったね。

そうだね,これが東西冷戦だね。

だからね,ロシアにとって,ウクライナは東欧(西側諸国)との重要な接点乃至拠点になるから,その気になったら軍事介入して全部ロシア領にするだろうね。

アメリカを初めとする西側諸国は,絶対に反発するだろうね。

その場合,アメリカは軍事介入するかもね。アフガンと一緒だね。

沖縄の基地からもいっぱいアメリカ軍が出るだろうね。ロシアの敵だね。

さぁ。アメリカ軍が日本から出るよ。ロシアがそれを黙って見ているの?

日本は東アジアにおける重要な軍事拠点だ。最近,フィリピンにも米軍基地を復活させることになったらしいけど,それでも日本は重要な拠点だ。

ロシアから将来攻撃されるかもしれないね。

そうだね。ロシアを殺しに行く必要があるね。

自衛隊が派遣されるだろうね。

自衛隊はいっぱい人を殺すだろうね。

どんな気持ちで殺すんだろうね。そうだね。僕たち自衛隊じゃないから分からないね。

でも,やっぱりそうなったら,世論がかなり動いて,大騒ぎになるだろうね。

そうしたらマスコミの人も現地に行って「かなり激しい銃撃戦が繰り広げられています!」とか取材するんだろうね。

今回は日本はロシアの敵だからね。例え自衛隊の陣営で寝泊まりしていても,強襲があるかもね。

きみはマスコミの人間だ。当然武器なんて持っていない。自衛隊も自分達が応戦するので精一杯だ。

死体の山がゴロゴロあるね。やったね。これはスクープだね。写真撮り放題だね。

だけどきみは死にたくないから,ある程度写真撮ったら隠れるよね。



で,見つかるよね。



銃を突きつけられるよね。



ロシア語で何か言われているけど何言われているか分からないよね。



側に自衛隊員の死体があるね。ロシアに派遣されるぐらい優秀な自衛隊員だから,きっと特殊作戦部隊だろうね。そうしたら,H&K USPを装備しているね。



H&K USPは光学照準器が装備されているだろうね。夜でも照準はバッチリだし,9mm拳銃と扱いはほとんど一緒だから,ドラマみたいに,狙って撃つだけだね。


きみは銃の反動でのけぞるだろうね。


起き上がったら,ロシア人が脳みそを吹き飛ばして倒れているだろうね。


きみはそれを写真におさめるんだ。


日本に帰ってきたらきみがマスコミから質問攻めだ。一躍ヒーローだね。


きみには子どもがいる。


「パパ,パパはヒーローなの?」と年頃の男の子であるきみの子どもは聞いてくるだろうね。


だからきちんと自慢してあげるんだ。


「パパはね,あぶないことをしようとしたロシア人を殺しに行ったんだ。お前の学校にもいじめっ子がいるだろう?だからそいつからいじめられる前に殺したんだ。脳みそを飛び散らせたんだ。」


言えよ。





絶対言えよ◯◯新聞。
お前が銃撃って脳みその臭い嗅いで来いよ。





ロシアに先制攻撃しかけたら,ロシアはどうするだろうね。

戦争って,いろいろ方法あると思うんだけど,おれは,「国の中枢を麻痺させる」のが一番効果的だと思うんだ。

霞ヶ関に何かセットされたら怖いね。

セットしている人間をみたら,きみが地下鉄のホームから背中を押すんだ。

きみの手には一生そのときの感触が残るけど,きみは英雄だ。

気にすることはない。集団的自衛権に賛成したのはきみだ。この結果はきみの信念に基づいて起きた結果だ。胸をはるべきだ。





泣いてんじゃねーよ。
殺される前に殺すって言ったのはお前だろ。





私に人を殺す度胸があるかと言われれば,「無い」と答えるでしょう。

ただ,例えば,どこかの国が日本に侵攻してきて,私の妻に銃口が向けられたら,私はきっと引き金を引くでしょう。

その「どこかの国」が侵攻してきた訳ではなく,日本が侵攻した反撃行為として攻め込まれ,その結果,私の妻に銃口が向けられたら,私はそれでも引き金を引くでしょう。

でも,後者の場合,私はその後きっと,日本から出て国籍変えます。何が弁護士だよ。結局日本なんて救えなかったじゃねーかよ。って感じで。




「集団的自衛権」「個別的自衛権」という言葉のイメージだけで議論が進んでいるようにしか思えません。

「殺される前に殺す」のか,「殺しに来たから殺す」のか,そう言えばいいのに。








悪い例みたいで挙げてしまいましたが,ロシアもウクライナも,そして中国も韓国も,日本にとって良き「隣人」のはずです。


お隣さんのお家のインターフォンを鳴らして出て来た「隣人」に,H&K USPを眉間にあてて,脳漿を吹っ飛ばす映像を思い浮かべて下さい。

要はそういうことです。





(平成26年5月2日23時57分追記)

あとね。

人間って,よほどの訓練受けないと,一撃で人を殺すことなんてできないんだよ。

だからね,多くの殺人事件では,複数の刺し傷があったり,加害者の体に被害者がもがいた痕が残るんだよ。

銃だって,一発でやるなんて,よほどの至近距離じゃないと無理だよ。映画みたいにはいかないよ。

それこそ,被害者の体の中身が全部自分に返ってくる距離じゃないと。

せっかくこんなに恵まれた教育を受けられる国なんだ。

殺す方法を考えるより,殺さない方法を考える方が向いてる国だと思うんだけどなぁ。

殺されないための魅力を磨ける国だと思うんだけどなぁ。


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