2014年8月29日金曜日

夢のない話

今日は仕事の関係で機嫌が悪いです。渡部です。


疲れてるのね私。少し休むわ。


全然話は変わるんですけど,最近,日弁連から,「弁護士実勢調査への御協力について」というお願いが何度も来ます。

ぼくの理解で要約すると,「最近弁護士も数が増えて大変になってきたから実勢調査をして内閣官房法曹養成制度改革推進室に参考資料として出したい」ということのようです。

で,ぼくの理解でそのアンケートの中身を要約すると,つまるところ「お前いくら稼いでんだ」ということを聞きたいようです。

質問項目は32。現在の日本の弁護士数は3万を超えています。集計する人の心が折れないことを祈るばかりです。


さて。これからいろいろ思うところをのたまおうと思うのですが,アンケートに協力しないで勝手にわめいてもアレなんで,アンケートには協力しておきました(平成26年8月29日付)。

なお,アンケートに協力しても何らの粗品もございません。ぼくを褒めて下さい。

なお,アンケート数が増えれば増えるほど,日弁連の事務局さんが過労で倒れる可能性があります。是非日弁連を応援してあげて下さい。




ここ数年,法曹人口(というか弁護士人口)が増え,弁護士業界の競争が激化し,様々な問題が取り上げられております。

挙げたらキリがないんですけど,

①弁護士増加により,収入激減
②新規登録弁護士増加にも関わらず雇用法律事務所がないため弁護士なのに就職難
③②のせいで,OJTが行き届かない新規登録弁護士がいる

などなど,もうこれ笑うしか無いという状況でございます。

それでぼくもこの世界でご飯を食べて少しは年月も経っておりますので,ごくまれに,後輩とかから上記のような相談を受けることがあります。

でも最近思うのが,ぼくの返事もだんだんテンプレ化してきたので,このブログにテンプレートだけ載っけておいて,それでも悩んでいる人はぼくに連絡すればいいと思いました(名案)。

ぼくは懇切丁寧に相談に乗るタイプですが,ぼくも体は1つ。コピーロボットもいないですし,何より最近相談受けるのも飽きてきました。

よし書いておこう。


【①収入が激減しました。】

大丈夫です。ぼくも激減しています。

だってそうでしょう。全体の統計的に弁護士の収入が下がっているのに,ぼくだけ収入が上がっていたら,ぼくが余程商才があるか,何らかの違法行為を行っているのかのどちらかです。

ぼくに商才はありませんし,違法行為もやる度胸がないので,ぼくだって経営苦しいですよ。

逆に経営苦しくない自営業者がいたら,すぐに雇ってもらう気まんまんです。

いいですか。

この世に楽をしている自営業者なんていないんです!

「でも私は,◯◯とか,いろいろ営業も頑張っているんです…。」という方もいらっしゃいます。

なるほど。頑張っているんですね。

でも正直に申し上げましょう。

あなたのその営業行為はみんなやっているんです。それこそキャリアが上の方々もやっているんです。

よく考えて下さい。同じ営業行為をしている弁護士で,経験年数の桁が違う。

依頼者はどちらをとるかと言ったら,ぼくが申し上げるまでもないでしょう。

「じゃあ先生(ぼくのこと)はどうなされているんですか?」という方もいらっしゃいます。

教える訳無いでしょう,あんた商売敵なんだから。

ぼくからしたら,「おたくのラーメン美味しいから,スープのレシピをこのノートに書いてくれないか」と言われているようなもので,何故そのような質問に繋がるのかが分かりません。

ぼくだって周りの先輩に仕事の相談とか経営の相談とかしますよ。

でも弁護士は自営業なんです。健全な事務所運営の下には,その人オリジナルの営業活動がその根本にあるのです。

その根本部分を教えろって,ぼくからしたら「貴様何者だ」と思います。

もちろん,法律のこととか,裁判手続のこととか,税金のこととか,経費のこととか,別に減るもんじゃないことはなんでも教えます。

でも,もう少し,自分が自営業者で,自分の頭で考えなければならないことを自覚すべきだと思うのです。


【②就職先がないっす】

独立すればいいじゃないか。

これ,相当身も蓋もない言い方なんですけど,弁護士は資格を有した人間で,基本的に独立採算できる気概がなければならないと思います。

現在は弁護士の職域も多様化し,社内弁護士や地方公共団体内で公務員として稼働する弁護士も現れました。それはとても良いことだと思います。

ただ,彼ら彼女らが通常の会社員と異なるのは,弁護士資格を持っていることです。

たとえ社長の命令だろうが,それが法に触れるのであるならば,自己がどのような役職についていようが一弁護士として対応すべきですし,「最終的には自分の資格を使って食っていく」という気概があるからこそ,社内でも相応の発言力が与えられているのです(たぶん)。

話を戻して,確かにいきなり独立って怖いのは分かるんですけど,逆に言えば,それぐらいの気概のない人は雇いたがらないですからね雇用する側の弁護士の常識的に考えて。

弁護士は一年目から,事務所への経済的メリットを求められるものだと思います(実際出来るかは別として)。

いつ独立するか分からない人に,将来の投資という意味を込めて給料払う弁護士は,よっぽど稼いでいる弁護士か,自営業者としての認識が薄い弁護士です。

弁護士の供給過多なんて,何年も前から取り上げられている話題です。ある程度就職活動して見通しが立たなければ,早めに独立の準備を並行してやるべきです。


【③OJTが無いっす】

OJTってなにそれ美味しいの?

何回も言っていますが,弁護士は有資格者であり,自身の技量を自身の能力で上げていくべき立場にいます。

もちろん,OJTが受けられるにこしたことはありません。そのような事務所に入った人は,思う存分その利益を享受すべきだと思います。

ただ,いわゆる即独が増え,OJTが受けられないと嘆いている方が大勢いらっしゃいます。

当会でも,チューター制度というものがありまして,ぼくも登録1年目の先生方に定期的に講義をするというお役職を頂いております。

で,これは初めて言うんですけど,ぼくはチューター制度導入に反対の立場でした(今更)。


理由はいっぱいあるんですけど,一番大きなものは,「教えてもらうなんて甘え」という考えがあったからです。

ぼくが弁護士になったとき,幸いなことに,就職先の事務所には大勢の先輩弁護士がいました。

ただ,元ボスから言われたことが,「まず自分で調べる。で,先輩のやり方を盗む。教えてもらうよりも,盗む。いいね。」ということです。

そう。弁護士は職人です。教えてもらったものなんて,屁の突っ張りにもなりません。

自分で考えて,あざとく,先輩のやり方を「盗む」ことが何よりの勉強になり,また,「盗む」という意識がなければ伸びないのです。

「盗む」というのは技術が要ります。相手はそれでご飯を食べている訳です。素直にひけらかすか分かりません。

最近はあまりやらなくなりましたが,盗む相手は同じ事務所に限りません。会合とかで一緒になった先生に,とにかく自分のことを気に入ってもらって,油断させて,それとなく聞いちゃうのです。「いきなり直電」とか,ぼくがよくやる技です。そう言えば今もやってます。

どう相手に取り入るのか。どうやって相手の様子を探るのか。これは通常業務でも用いる交渉技術にも繋がるので,即独の皆さんは,是非,躊躇することなく,盗もうとして下さい。

不思議なことに,弁護士は,「教えてもらおうとしている人」よりも,「盗もうと目を輝かせている人」の方に優しくなります。そうです。昔の自分を見ているかのようで懐かしくなるんですよね。覚えておいて下さい。



【最後に】

日弁連の実勢調査部隊の皆様。

若手を含めた全弁護士のために,様々な調査をありがとうございます。お金にもならないだろうに。

ただ,最近の弁護士供給過多の問題は,ぼくはかなり深刻なものだと思っておりまして,もっと力を入れて頂いていいと思っております。

具体的には,もうやられているかもしれませんが,「供給過多」の問題ですから,果たして現在「需要の方」はどうなっているのか,徹底的な調査が必要だと思っています。

それこそ全国規模のあらゆる団体に照会をかける必要があるので,ものすごいコストだと思いますが,一度それやらないと,これ,このままズルズル負のスパイラルが続いて,挫折者続出だと思います。

どうかぼくの会費を有効に使って下さい。



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2014年8月8日金曜日

じーちゃんの部屋

もうすぐ終戦の日ですね。渡部です。


だからという訳じゃないんですが,毎年この時期になると思い出すことがありまして,なんか最近戦争に関する意見を述べる人も多く,それに乗じてみようかなと思った次第でございます。

なお,今回は完全に昔話回であり,集団的自衛権や反戦云々の話をご所望の方は完全に無駄な時間を費やすことになりますので,回れ右した方がいいです。



ぼくの父方の祖父の話です。

じーちゃんは,ぼくが大学生のときに亡くなりました。

今はきっと天国で隠居生活を送っているので,多少ぼくが何を書いても許してくれるでしょう。ねぇ?じーちゃん。



じーちゃんの家は群馬県の田舎にあり,それはもう今考えても正真正銘の田舎でした。

まずコンビニがありません。

というかスーパーがありません。

というか駅が遠すぎてバスを使うしかありません。

そもそもバスがなかなか来ません。

そして,ぼくにとって一番問題だったのが,ファミコンがありません。

昭和50年代生まれの方の幼少期において,最大の娯楽と言っても過言ではないファミコンが存在しない地に行くことは,自分にどんなメリットがあるのか全く分からず,ぼくはじーちゃんの家に行く直前,必ずぐずっていました。



ただ,じーちゃんの家に行ったら行ったで,すごい面白いんで,帰るときまたぐずるんですけど。



父方の親戚はぼく大好きなんで,その人達と会えるのは楽しくて仕方なかったです。

そして何より,じーちゃんがすごい遊んでくれました。



ぼくのじーちゃんは,(たぶん)自分の息子と娘(ぼくの父と叔母)にすごい厳しい人でした。

他方,孫には超甘いという,典型的な「ジジバカ」で,天衣無縫なぼくを一度も怒った事がありません。我ながら孫が可愛くて仕方なかったのでしょう。

じーちゃんの家は田舎の戸建てで,庭に畑もあり,農具も揃っていました。

例えば,畑の脇をコースと見立てた「リヤカーレーシング選手権」(押すのはじーちゃん)を行ったり,畑の収穫を手伝った後,孫にせがまれスペースを作り,「本当に炎は天まで届くのか選手権」を開催したり,なんでもやらせてくれました。


更には,原付バイクの運転の仕方(もちろん公道ではなく敷地内。一人では乗らせない。),自動車のエンジンの掛け方,キーをなくした場合の直結の仕方等,教えてもらった事は枚挙にいとまがありません。

ちなみに,これらはぼくが10歳のときまでに習得した技術です。じーちゃんはいったい孫をどういう方面に進めたかったのか,今でも分かりません。

(堅気でやってるよ,じーちゃん。安心してくれ。まだ堅気だ。)





さて。

このように孫に対して激甘なじーちゃんですが,はっきり言われた訳ではないんですけど,ぼくが守らなければならないルールが1つだけありました。

それは,「じーちゃんの部屋に勝手に入らない。」です。

じーちゃんの部屋,まぁ普通の書斎なんですけど,そこはじーちゃんの世界だから,勝手に入っちゃダメだよ,ということを幼少期から言われておりました。

もちろん,じーちゃんがいるとき,一緒に部屋に入ったことは何回かあります。それでも,記憶している限り,数えるほどしかないと思います。

あ,言い忘れていましたけど,ぼく,じーちゃんがどんな仕事してたか知りません。聞いたことないし。

唯一知っている情報は,「戦争に行ったことがあるらしい。」です。



ここで少し,じーちゃんの部屋の内装の情報をお伝えします。

ぱっと見,普通の「書斎」です。10歳のぼくには何の本だか分からないハードカバー的な本がいっぱいありました。

何が普通か分かりませんが,少なくともぼくの書斎と違う点が1つあります。

それは,なんか壁の上の方一面に,でっかい昭和天皇陛下のお写真が飾ってありました。

今考えると,バリバリあっちの方じゃないですかというのが丸出しでした。

そんで,机の上に,じーちゃんが戦争行ったときに実際に使っていた,あの迷彩柄っぽい日本軍の水筒が置いてありました。



「じーちゃんの部屋」にじーちゃんがいないときに勝手に入ることは絶対やってはいけないことと刷り込まれておりましたので,「じーちゃんの部屋」に入るのは,じーちゃんが「じーちゃんの部屋」にいるときだけです。

ただ,じーちゃんは,孫が来ているというのもあるのでしょう,滅多に「じーちゃんの部屋」に入りません。

夏休み,1週間ぐらい泊まりがけで行っても,1回入るか入らないかでした。





ぼくが10歳くらいの頃のある日。

じーちゃんが「じーちゃんの部屋」で軍の水筒でお酒をちびちび(たぶんウイスキー的な何かだと思う。ちょっと飲んだけど味は分からなかった。)飲んでいました。

「じーちゃんの部屋」に入る大チャンスです。よく考えて下さい。10歳の男子ですよ?戦争とか戦いとかそういうの大好きな年頃じゃないですか。

部屋にはぼくとじーちゃんだけ。これは千載一遇のチャンス。

ぼく「じーちゃん,それ何?」
祖父「水筒だよ。」
ぼく「それ,戦争の水筒だよね?」
祖父「そうだよ。」
ぼく「何飲んでるの?」
祖父「お酒だよ。」
ぼく「ちょっと飲ませて」

すいません,倫理的な問題が生じたので,ここの部分をちょっとカットします。

ぼく「不味い。」
祖父「源ちゃんが飲むものじゃないからなぁ(笑)」
ぼく「じーちゃんてさ,戦争行ったんでしょ!?ばーちゃんが言ってたよ!」
祖父「(酒を飲む)」
ぼく「人を殺したの!?(好奇心いっぱい)」
祖父「(頷きもせず,机の上を見つめてただ微笑んでいる)」
ぼく「どこに行ったの?」
祖父「(ぼくの顔は一切見ず,ただただ微笑み続けている)」

まさかカブの運転の仕方まで教えてくれたじーちゃんが,ここで黙秘権を行使するとは予想していませんでした。

おかしいな,学校の先生とかも,「戦争の体験をした人の話は,ちゃんと聞くんだよ」と言っていたのに,この人全く話さない。

ていうかなんか空気がおかしくなってきた。

ぼく「じーちゃんはどうして帰って来られたの?」

今考えると孫のこの質問は酷過ぎる。あまりに無垢。

そんなじーちゃんは,こう答えました。




祖父「じーちゃんはね,後ろの方にいたから助かったんだよ。(微笑みながら)」
ぼく「ふーん。戦争って,どうだった?」
祖父「(微笑みながら,また酒を飲む。)」
ぼく「友達は,いた?」
祖父「いたよ。」




ここまで来てようやく,10歳ながらにして何かを感じとり,「UNOやろう!UNO!」とじーちゃんを「じーちゃんの部屋」から引っ張り出しました。




ぼくの周囲の人間の中で,もっとも戦争を知っているであろうじーちゃんは,その後死ぬまで,一切ぼくに戦争のことを話しませんでした。

この後も,何回か聞いたことがあるのですが,結局じーちゃんの口から戦争のことは一言も聞いたことがありません。

戦争から生き残った人間は語り部として生きて行かれることもすごい大事だと思います。

特にぼくはじーちゃんの孫です。孫にいろんなことを伝えることは,祖父としても容易にできたと思います。

それでも,死ぬまでぼくには話しませんでした。

ぼくがどんなに学校で不真面目な態度を取り,先生と親を困らせ,ろくでもない人間になりかけたことは,全部じーちゃん知ってます。

それだけ切り出すタイミングがあったのに,最期までじーちゃんは話しませんでした。






「孫に死ぬまで自分の体験を話さなかったこと」





このことはいろいろな解釈ができますし,ぼくもいろいろ想像はできますが,祖父のこの選択を,ぼくは非常に重く受け止めています。

一度も怒られなかったんだ。おれとじーちゃんの内緒の話書いても,まぁじーちゃんは怒らないっすよ。



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2014年8月3日日曜日

高校生模擬裁判選手権

高校生模擬裁判選手権が終わりました。渡部です。


高校生模擬裁判選手権をご存じない方はこちらをご覧下さい。
【日本弁護士連合会|第8回「高校生模擬裁判選手権」を開催します!】
http://www.nichibenren.or.jp/event/year/2014/140802_2.html


神奈川からは湘南白百合学園高等学校が出場し,見事優勝。関東大会8連覇を達成しました。


「第8回模擬裁判選手権」という名称のとおり,高校生模擬裁判選手権は今回を含めて8回開催されています。


要するに,模擬裁判選手権が開催されてから,湘南白百合は一度たりとも王者の座を渡していないことになります。


どう考えても変態的な強さです。



さて。この度ぼくがなんでこの話を始めたかというと,今回,ぼくは湘南白百合の「支援弁護士」という立場で関わらせて頂いたからです。

支援弁護士は何かって言うと,高校生が模擬裁に当たって分からないことがあったときに「支援」するというポジションです。

ポイントは「指導」ではなく「支援」というところです。

そもそもこの大会は「模擬裁判を行う経験を通じて,物事のとらえ方やそれを表現する方法を学び,刑事手続きの意味や刑事裁判の原則を理解すること」という高尚な目的があり,専門家である弁護士が専門的な口出しをすると,「生徒が自分の頭で考える」ことを阻害してしまうので,「あくまで生徒が自分の頭で考えられるように導く」役割であることが厳命されています。

要約すると,「生徒の議論があまりにも見当違いな方向に行かないように見張りつつも,具体的なアドバイスはするなというあまりに矛盾した鬼発注を日本弁護士連合会から受けた可哀想な人」が支援弁護士です(私見)。


もう終わった話だし,来年またお鉢が回って来ないように,今日は支援弁護士のウラ話でも話しとこうと思います。



第一章 〜当事者の意思を尊重しない選任手続〜

ぼくは横浜弁護士会の「法教育委員会」という委員会に所属しております。

この委員会は,子どもから大人まで,世の中に法に基づいた考え方を根付かせるという極めて教育色の強い委員会で,ぼくも中・高校生に授業をしに行ったりしています。

ここで重要なのが,委員会活動は基本的に全くお金に繋がりません。

更に重要なのが,ぼくは特に教育熱が高い人間ではありません。

当会の法教育委員会はだいたい月に1回のペースで開催されているのですが,ぼくは一年に一度出るか出ないかの出席率で,たまに出ると「なんで今日は渡部が来てるんだ」的な視線をひしひしと受けます。

要するにマイナーキャラだということです。

そんなマイナー委員のぼくでも,高校生模擬裁判選手権の存在,湘南白百合がそれで7連覇をしていること,そして8連覇に向けてプレッシャーがかかっていることは,風の噂で聞いていました。

そんなぼくのところに,不穏なオファーが届きます。

あれは一年前でした。

同期「来年,支援弁護士やらない?」
おれ「断る。」

そのときはそれで終わりました。

ところが,いよいよ今年の支援弁護士を選任しなければならない時期に近づくにつれ,「やってくれない?」「やるよね?」「ていうかやるよね?」という目に見えない圧力を感じるようになりました。

まさか人権を擁護する立場にある弁護士会内において,パワーハラスメント的な何かが存在する訳がないだろうと思ったんですけど,ぼくはNOと言える日本人なので,断固NOを押し通していました。

よく考えてみて下さい。私は高校のときに出席日数が足りなくなって3人の先生に土下座して卒業させてもらった人間です。どう考えても生徒を教えるなんてあり得ません。

ところが,ぼくがちょっと目を離した隙に,ぼくが支援弁護士をやることを前提にした人事選考が始まっていました。

おれ「絶対にやらない!」
先輩方「またまた〜。」

あの時ほど,ダチョウ倶楽部の上島竜兵さんの気持ちを理解できた時はありません。


ダメだ,この流れはもう戻せない。これで断ったらもっとめんどくさいこと回される。ここは被害を最小限に抑えるために引き受けて,今後は法教育から撤退するしかない。

これが支援弁護士を引き受けた動機です(不純)。



第二章 〜育ちの違いを感じた支援活動〜

というわけで,ぼくの他2名の計3名の支援弁護士が正式に選任され,実際に支援活動を始めることになりました。

選手の第一印象は,うーん,そうですね,すごい大人しい子達だな,という印象でした。

まぁそれが最終的にあんなに闘争心むき出しになるとは思いませんでしたけど。

支援活動といっても,ぼくたちが具体的に何かするわけではないので,簡単に刑事手続きの流れを説明して,各手続の意味,趣旨を説明して,さぁ自分達でやってご覧,という完全放任主義でやらせました。

なお,ぼくが支援弁護士に選任されるにあたり,湘南白百合には,「おれの自由にやらせて下さい。やり方に口を出したらぼくもう来ません。」というなぜか上から目線の条件を提示して承諾をもらっていました。

ちなみにこの条件の存在は,今,このブログで初めて公表しました。当然,当会法教育委員会には内緒で提示した条件です。

このブログを委員長が見ていないことを切に願うばかりです。


というわけで選手に記録を見て事案を整理させてみたんですけど,驚くほど出来が悪かったです。

これは上手く言えないんですけど,ぼくからするとここ絶対におかしいと思うポイントをおかしいと思ってないんです。

ぼくからすると「なんで疑問に感じないのか疑問である」という哲学的な悩みに陥りました。

そこで,「なんで疑問に感じないのか疑問に思う理由」を自分の中で考えて考えて考え抜きました。そして1つの結論を導き出しました。






そうか。こいつら(選手)は人を疑う心を持っていないんだ。




そう思ったとき,全ての疑問が繋がりました。

そうです。湘南白百合の子ども達は,本当に素直で純粋な子ばかりでした。おそらく,学校の先生もそういう人間に育てようとご尽力され,また,ご家庭でもちゃんとした教育がなされているのです。

他方ぼくは猜疑心の塊のような人間で,そもそも学校できちんとした教育を受けておらず,過去の素行の悪さから自分の息子が弁護士になったことを周囲が信じてくれないと思って自分の息子の職業を秘匿するような両親の元に育ちました。

なんなら軽くぼくの弟が「長男」になっているフシがあります。

よく,「多角的なものの見方が大事」という言葉を聞きますが,それにはまず,ある事実乃至供述がウソなのではないかと疑ってかかる姿勢が必要です。

言い方が悪いというのであるならば,「好奇心を持つ」と言ってもいいです。「本当は何があったのだろうか」という純粋な好奇心を持つことが,多角的な見方に繋がるのです。

「もうダメだ,白百合とか言ってる場合じゃない,黒百合に学校名を変えるべきだ!」

と叫んでいたら,白百合の副校長に聞かれたんですけど,本当にそう思います。

そこで,支援方針を定めました。

そう,選手を徹底的な人間不信に陥らせることを目標としました。

「なんでそいつが本当のことを言っていると思ってんだ!」
「それが本当なら,実際にそいつはどういう行動に出ると思ってるんだ!」
「てめえの頭で考えろ!言われてホイホイやってりゃ済むのは今だけだ!」
「てめえらこれ(教材)を教科書か参考書だと勘違いしてんじゃねえだろうな!?これは裁判なんだぞ!人の人生かかってんだぞ!生身の人間なんだぞ!自分の家族や大切な人が当事者になっていると思ってやれや!」

今,冷静に思い返してみると,基本的に罵倒しかしていない気がしてきました。

ところが,これが契機になったか分かりませんが,基本的にあまり怒られたことのない人生を歩んでいる湘南白百合の選手達,なんかよっぽど悔しかったらしく,闘争心を前面に出してきました。




なんというおれ好みのチーム!



チーム戦において,必要なものは3つあります。

① 闘争心
② 戦術(技術)
③ 自信

チームワークなんて後からついて来るもんだ,まずは闘争心だろうが。

戦術なんて後から考えればいいんだ!まずは闘争心だろうが!


そこから先は楽なもんでした。

異常なスピードで成長を見せる立証準備。

この当たりから,ぼくはあまり口を出すのをやめました。主にiPadでマンガを読んでいました。他の二人の支援弁護士が頑張っていました。



第三章 〜巣立ち〜

本番当日。

もうぼくにやれることはありませんでした。

ぼくのマインドは全て伝承したつもりでしたし,選手が自信を持って作り上げた作品が手元にありました。

相手のある試合なので,何が起こるかは分かりませんが,本当にぼくが心から納得いくチームに仕上がっていたので,実は本番前に既に満足していました。

ココだけの話,本番当日は観に行きたくなかったんです。

選手達は完全にぼくの手を離れていましたし,たぶん見るとドキドキして精神衛生上悪いと思ったからです。

選手はぼくに見て欲しかったかどうかは知りませんが,それはぼくにとってどうでもいいことなので,本当に迷いました。

で,朝起きて散々迷ったあげく,まぁ観に行くかなと思い,遅刻して行きました。

その出来栄えは申し上げるまでもございません。

優勝という結果がすべてをあらわしております。

ただ一点。

東京学芸大付属高等学校の反対質問をした選手。あの選手は現役の弁護士から見ても恐ろしい才能を持っています。

あの選手を見習って欲しいと思います。

あの選手がどれだけ準備をしたか分かりませんが,本番におけるあの対応力。あの尋問スキルはおそらく天然で持っているものでしょう。



というわけで,まぁ何が言いたいかというと,選手が楽しんでやってたみたいで良かった。





(今日の一言)
来年はやらない。絶対に,だ。








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