2015年10月16日金曜日

思い出話

※本投稿は本当は弁護士コラム用に書き始めたものですが,すごく長くなったのでボツにした作品です。暇な人だけ読んでください。

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「なぜ弁護士になったのか」という問いは,弁護士に限らずなされるものです。

「人の役に立ちたい」。そう答える方は少なくないと思います。ぼくはそう答えませんけど。

社会というものが分業化され,それ自体いったいなんの役に立つのかと思うような仕事も,仕事として成り立つ以上,それは「(最終的には)人の役に立つから」であり,逆に言えば人の役に立たないものは仕事ではありません。

どんな仕事でも人の役に立っているのです。関わり方が違うだけで,どのような仕事も人の役に立つのです。


今はもうありませんが,JR戸塚駅に隣接する形で,マルイというショッピングセンターがありました。

その5階はメンズファッションフロアになっており,いろんなお店が入っていました。

そのあるセレクトショップで,店長のKさん(20代半ば),副店長のMさん(20代前半)は服を売っていました。

横浜や新宿のマルイではありません。戸塚駅のマルイです。フロア自体はガラガラで,平日の昼間は,お客さんは片手で数えられる程度です。

ある夏の日,男の子がお店にやってきました。

白いTシャツにジーパン,白いスニーカーというなんとも素朴な出で立ちの彼は,お店に入ると迷わず真っ白なTシャツを2,3着選び,「これをください。」と言ってきました。お店に入ってきて,30秒もしないうちに購入商品を決めました。

「それ,全く同じTシャツですけど,いいんですか?」
「いいです。おれ,オシャレとかよくわかんないから。」

どうやら男の子は高校生。オシャレに疎いことを自覚し,恥ずかしがっているようで,早く会計を済ませたがってます。

KさんとMさんは,そのまま会計を済ませても良かったのですが,彼が全然視線を合わせてこないこと,自分がダサいというコンプレックスを抱えて勇気を出してお店に来たため耳まで真っ赤になっていること,どう考えても同じTシャツは3枚いらないこと(しかも今着ているものとほぼ一緒)などを考慮し,彼に提案をしてみることにしました。

「同じもの買うより,違うもの買って組み合わせたほうがいいんじゃない?」
「…(無言)」
「これとか,どうかな?」
「…(無言)」
「ていうか,今日はお出かけの日?この後どっか行くの?」
「…(無言)」

彼は全く視線を合わせず,ひたすらうつむいています。コミュニケーションが,とれません。

「なんか,疲れてるね,もしかして受験とか?」
「…はい。3年です。」
「死んだ魚のような目をしているよwよっぽど勉強が大変なんだね。」
「…一週間ぶりに外に出ました。」
「え?」
「…今までずっとサッカーしかしてこなくて,それでも負けちゃって,大学に行くことにしました。勉強とか全然やったことないから,まずみんなに追いつこうと思って,ひたすら勉強してたら,気がついたら一週間全く外に出てないことに気がついて,夏期講習に着ていく服ねえやと思って,服買いに来ました。」

KさんとMさんは大爆笑。彼がダサいことに笑ったのではありません。確かに彼はダサかったのですが,それ以上に自分たちの「思春期」を彼に重ね合わせてしまい,自分たちが気恥ずかしくなって笑ってしまいました。彼は自分が笑われたことに怒ったのか,商品を置いてそのまま店を出ようとする思春期丸出しの行為に及びかけました。

「違う違う違う。待って待って待って。君があまりに可愛かったから。」
「…?」
「分かった。君は今日,服にいくら使おうと思っていた?」
「…(ベリベリとadidasの財布を開けながら)決めてないけど,5万ある。」
「すごいね!バイトしてるの!?」
「…してない。」
「なんでそんなに持ってるの!」
「…金は(以下規制)」
「wwwwwwwwwwwwwwwwwww」
「…(無言)」
「お金は大事にした方がいい。こういうのはどうだい?君が使おうと思ったお金の範囲内で,僕たちが君に似合う服を選ぶ。君がそれを気に入ってくれたら買ってくれればいいし,気に入らなかったら君の好きなところで好きなように買えばいい。どう?」
「…はい。」

KさんとMさんは,彼がどんな服を持っているか聞き取った上で,彼の財布に十分なお札を残せる範囲で,服を選びました。
オシャレが全く分からない彼は,NOと言うだけの眼力はなく,言われるがままに服を買って帰りました。

「可愛い子だったね。」
「そうですね店長。」
「絶対Mさんに目を合わせなかったねw女性慣れしていないとことがまた可愛いw」
「分かりました。もし次来てくれたら,今度は私が頑張りますw」

基本的にマルイ戸塚店は暇です。だから将来的に潰れるわけですが,とにかくお客さんがいませんでした。だから,お客さんが1人でも来ると,フロアのどこにいても,なんとなく分かります。

「店長。」
「なに?」
「あの子じゃないですか?」
「あ!」

あれからしばらくして,もう来ないと思っていた彼は,店に入るのを恥ずかしそうに,その辺の別の店を見てるふりをしながら少しずつ近寄ってきていました。
Kさんは彼と目が合い,人差し指でチョイチョイ,っとおいでおいでのサインを出します。
彼は頭をポリポリ掻きながら,さも「仕方ないから」という雰囲気を出して店に入ります。

「また見繕ってください。今日は2万。」
「じゃあ今日はMさんにやってもらおうか。」
「いや,店長やってください。」
「なんで私じゃダメなの?」
「女は…よくわかんね。」

またKさんとMさんは大笑いしました。だけど,今回は彼も自分で大笑いしていました。

その後も彼は店に来ました。

彼が来るたびに,KさんとMさんは服の選び方を彼に教えました。
「服を選ぶときは,まず色から入った方がいいよ。その服が高かろうが安かろうが,良い色を使っているなら,視覚にまず入るのは色だからね。」
「だいぶ色の組み合わせが分かってきたね。でもね,君は顔が派手だから,こういうボルドーとか,派手な色を組み合わせると良いかもしれない。」

そのうち彼にも「好み」というものが形成され,自分で選ぶようになりってきました。
次第に,彼との会話の内容も,くだらない世間話になっていきました。
「君は本当にサッカーばかりやっていたんだね。」
「話している限りでは,すごく頭の回転が早いと思うから,そんなに成績悪いことをコンプレックスに感じなくていいんじゃないの?」
「ちょっと待って,今,バックヤードからコーヒー持ってくるから。飲みながら話そうw」

彼は次第に買い物をせず,3,4時間,その店で暇をつぶすようになりました。

「やっぱり好きな子いるんじゃない!」
「どんな子?どんな子?」
「よし,その子好みの服を久しぶりにおれが選んでやろう。」
彼は自分の話もするようになりました。


また,ある日,彼が来ました。

「やあ,今日は買い物かい?だべっていくかい?」
「おれ,受かったよ。」
「な!!!!大学か!?」
「明治,青山,法政,全部受かった。みんなから『滑り止め受けろ』って言われたけど,おれ,全部受かったよ。」
Kさんから携帯端末でバックヤードから呼び出されたMさんは泣いていました。
「頑張ってたもんね!頑張ってたもんね!」
Mさんは彼をハグしながら泣いていました。
「最後までD判定って言ってたもんな。大逆転じゃないか。やるなー!どうだ,感想は?」
Kさんは何度も彼の肩を小突いては茶化してきました。
「おれはやることやっただけだから,なんにもないけど,受かったことを親や友達に言ったらすごい喜んでくれて,それを見るのは嬉しいと思った。」
彼は頭を掻きながら続けました。
「だから,今日,店に来てみた。」

彼が可愛すぎて,店長は私物の服を彼にあげ,彼は何も買わずに帰って行きました。



また,ある日,彼が来ました。

「Mさん,店長今日いる?」
「あら,今日は店長お休みなのよ。」
「そうか。じゃあ日を改める。」
「どうしたの?店長に何か用事?」
「いや,用事ではない。店長とMさんが一緒の方が楽だと思っただけ。」
「どういうこと?」
「紹介しようと思って。」
「何を?」
「彼女。」
「彼女!?連れてきたの!?」
「あそこのエスカレーターの影に待機させている。」
彼が知る限り,おっとりとしたMさんがダッシュしてエスカレーターまで走るのを見たのは,そのときが最初で最後でした。
なお,当然のことながら,Mさんはこのことを携帯ですぐにKさんに連絡し,Kさんから自身のシフトを彼に伝えてもう一度連れてくるよう命じました。


また,ある日,彼が来ました。

「こんにちは。お話は聞いています。」
「Mさん,この人新人さん?」
「そうよ。Eくんっていうの。君と同じ歳よ。よくしてあげてね。」
同い年の新人さんが,店に入ってきました。お店にいる時間はEくんより彼の方が長かったので,彼は我が物顔でEくんに話しかけていました。
「Eくんはいつから働いてるの?」
「高校出てからすぐこの世界に入りました。」
「すごいね。おれは学生でプラプラしてるのに。」
「それも良いと思います。ただ,おれの場合は,もうやりたいこと決まってたんで,それだったら,学校通わないで迷わずこの道に入った方が経験積めると思って。」
なんだかんだで全員大学に進学する環境にいた彼は,Eくんから多大な影響を受けました。

ただ,Eくんはなんの理由もなしに,お客さんがいないマルイ戸塚店に配属されたわけではありませんでした。


また,ある日,彼が来ました。

「Mさん,はい,これ。」
「え?なにこれ?」
「今日はすぐ帰る。もらって。」
「これなに?」
「Mさん,今日でこの店辞めるんでしょ。だから,お礼。」
「…」
「ほら,おれ,昔,服のこと全然分からなかったじゃない。店長とMさんに笑われてさ。でも,今,おれ,超モテてんだよ。素材が良いから当たり前だけど,その引き出し方を教えてくれたのは店長とMさん。だから,お礼。」
「…」
「これ,一人で買いに行ったんだ。おれがだよ?女性物の店に一人で行けるようになった。すごいだろw」
「…」
Mさんは終始,無言で泣き続けていました。


その店に彼が来たのは,その日が最後でした。

「君は,おれがこの店で働いている中で面白いお客さんの第2位だった。」
「1位じゃないんですね。」
「そうだねwぶっ飛んでるお客さんが一人,いてね。君はその次。少なくともベスト3には入っている。」
「だいたい服買わずに帰って行きますからね。」
「いいんだ。君はそれでいい。それが許されるのが君だ。」
「許しを得た記憶はないんですけどね。」
「それにしても,あのときの高校生が司法試験に挑戦するとはなぁ…。」
「いや,宣言しただけで,まだなにもやってないんですけど。」
「親みたいな感覚になってくる。」
「実年齢めっちゃ近いですけどね。」
「あんまり無理するなよ。一週間外に出ないとかやめてよw」
「よく覚えてますねw」
「もうおれの想像を超えちゃってるわ。」
「おれから言わせれば,店長の方がもう超えちゃってますけどね。あぁ,もう店長じゃなくなるのか,Kさん。」
「そうだね。」
「なんやかんや言って,あのときのメンツ,もう店長しかいないですよね。」
「そうだね。Eくんも異動になったし,今いる子も若い子ばかりだしね。」
「で,どうするんですか,退職するなんて。」
「考えてはいるけど,考えてはいない。」
「それがよくわからんのですよ。店長,おれのことは根堀り葉掘り聞くくせに,肝心の自分のことあまり言わないじゃないですか。」
「ふふふ。あまり人に言いたくないのさ。」
「関西に行くんですよね。遠いなぁ。」
「そうだね。向こうで何をやるかも決めてないしね。」
「なんで決めてないのに行くんですか。」
「何をやるかは決めてないけど,何をしたいかは決まっているからだよ。」
「何をしたいんですか。」
「そうだなぁ。敢えて言うなら,『今度は自分で,したい。』かなぁ。」
「全然分からん。」
「ふふふ。」
次の日から,Kさんも彼もその店からいなくなりました。



服を売るという職業は,人のために衣服を提供するという職業です。

衣食住の「衣」を売るお仕事です。それだけで価値があります。

ただ,もし,売ることそれのみをゴールに設定するならば,そんなにやりがいのない仕事はないと思っています。

私は服を売る職業というものはよく知りませんが,少なくとも「彼」は,服を得るという以上の付加価値を与えられています。

この出会いに限ったことではありませんが,こういった何かが一つでも欠けていたら,彼の人生は少し変わったものになったいたでしょう。

弁護士は紛れもなく人の役に立つための仕事です。

しかし私は,それ以上の付加価値を与えられる,そんな弁護士になりたいと思っています。

その付加価値は,実は私の中では決まっているのですが,お客様には内緒にしております。気になる方は当事務所までお問い合わせください。担当弁護士はこう答えるでしょう。


「ふふふ。」と。



追伸

Kさんへ

おれ,司法試験,受かりましたよ。
あれからすげー頑張りましたよ。
でも思ったのが,弁護士になるよりも,弁護士をやり続ける方がずっと大変ということです。
店長という重責を担いながら,よく服買わないおれの無駄話に付き合えましたね。マジ尊敬してます。
Kさんがしてくれた話,全部覚えています。
「一生を鳥かごの中で終える鳥は,果たして幸せと言えるか」という話,あたかもおれの話のように人に披露しています。
「生きてさえいりゃあなんとかなる」とも言ってましたね。
生きててください。そしてできれば,幸せを感じて生きていてください。
おれは弁護士になりました。
一生Kさんに会いたくありません。
だって,おれが弁護士としてKさんに会うのであるならば,Kさん大変な目にあってるってことですから。
一生会いたくありません。
でも,話したいことは山ほどあります。


Mさんへ

クソおっとりした雰囲気で油断させておきながら高額の新商品をご提供するMさんのことを,Kさんに影で「悪魔」と呼んでいました。
おれには弟しかいないけど,もし姉ちゃんがいるのなら,Mさんみたいな姉ちゃんが良いです。
家庭や学校の話とか,いつも姉ちゃんみたいに相談に乗ってくれてありがたかったです。
今,おれ,新人弁護士から「兄ちゃん」みたいに扱われています。
Mさんみたく上手に接してあげられてないけど,このおれさまも出世したものです。
Mさん美人なんで,きっと引く手数多だったんでしょうけど,たぶん当時Mさんがいちばん好きな異性はおれだったという自信があります。
そんなMさんに報告です。
おれ,あのとき連れてった彼女と結婚しました。
Mさんほどおおらかな女性ではないですけど,Mさんのようにさりげなくアウターだけでなくインナーも新調させようとしないので,それなりに上手くいってます。
というわけで,おれは既婚者になりましたので,どうかおれのことは諦めてください。
あなたの幸せを,誰よりも願っています。

弁護士 渡部 源

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コラムの懺悔

1日10時間はパソコンをうっている気がする。渡部です。

みなさんこんにちは。今日はまず,こちらをご覧ください。

【横浜弁護士会|横浜弁護士会とは|弁護士コラム】
http://www.yokoben.or.jp/profile/column/2015/10/post-83.html

執筆者名をご覧ください。
そうです。ぼくが書きました。


①執筆に至るまでの経緯

コラムの執筆者が当会で募集されていたので,応募したようです。

なぜ「したようです。」という書き方になっているかというと,ぼく自身応募した記憶が全くないからです。
「親が履歴書を勝手に出して(以下略」という芸能界に入るのにありがちなくだりが,まさか自分の身に降りかかるとは思いませんでした。

ただ,幸運にもぼくはこのブログで不定期ながら文章を書いてそれを全世界に晒して辱められるという特殊なプレイをしています。文章を書くことには職業的にいっても慣れているはずです。「ご応募ありがとうございました。厳選なる審査の結果,貴殿に執筆をお願いしたく存じます」的な通知書が来ても,あまり深く考えていませんでした。

書き始めるまでは。


②弁護士コラムの問題点

実は弁護士会の刊行物に文章を載せるというのは何度か経験があるので,それ自体は全く大したことはなく,むしろ原稿料が欲しいそれなりにイメージは湧いていました。

ただ,書き始めるにあたって,ものすごい問題が発生しました。これはいざ書き始めようとしたときに気がつきました。

この「弁護士コラム」というものは,当会が独自に発信している連続コラムです。

連続コラムですが,執筆者は当会が無差別に抽出しており,連続性はありません。

そして一番問題なのが,このコラム,お題がありません。

そうです。「◯◯について書いてね」と言われれば,ある程度書ける自信があるのですが,当会はなんらのお題も示しません。

これが何を意味するかというと,

「市民の皆さんに弁護士のちょっとした一面を見せて親しみや発見を与えるために,文章それ自体はある程度面白いものを用意しろ。但し,弁護士会HPに載せる以上,弁護士としての品位を失うような文章はNGだ。」

ということです。

前半部分はある程度のものを用意することができますが,問題は,「但し」以下の部分です。

ぼくはほとんど完璧な人間ですが,ただ一つ欠点をあげるのであるならば,品位がありません。

これは致命的です。どれぐらい品位がないかというと,弁護士会の会議で興奮すると,議長から「品位ある発言を」と言われるぐらい品位がありません(実話)。

なぜおれを選んだんだ。どこが「厳正なる審査」なんだ。なんだこれは。フリか?フリなのか?敢えてそんなおれに執筆依頼をするということは,やってはいけないことを敢えてやれというフリなのか?

そんなことを考えていたら,ぼくの〆切間近,川崎中の若手の弁護士からの尊敬を一身に集める先生のコラムが掲載されました(10月2日)。

(題名)日本近代法の父
(本文始め)ギュスターヴ・エミール・ボアソナード・ド・フォンタラピーという人物をご存知でしょうか。

こいつ!ガチガチに固めてきやがった!(注:相手は先輩)


もうダメだ。お堅い系の文章は,どうやってもこれと比較されて勝てない。路線を柔らかい方に変えるしかない。だけどこのブログのような柔らかい文章は品位を失っている可能性がある。所詮おれはお題がないと動けない人間で,ゼロから何かをクリエイティブすることはできない人間なんだ。

そこでぼくは考えました。

それならお題を募集すればいいじゃない。

そこでSNSやリアル世界の友人を頼り,お題を募ることにしました。



③実際に書いてみた

さすがぼくのお友達です。ぼくが興味ある(書きやすい)お題を提供してくれます。何個かお題をいただいたので,試しに書いてみることにしました。

(題名)免責不許可事由とパチンコ
(本文)パチンコ等のギャンブル(法律上は射幸行為といいます。)により,債務を増大させた場合,免責不許可,すなわち破産をしても借金がチャラにならない場合があります。ところで私はなぜかパチンコのことをすごく詳しい上に,なんと弁護士なので,これから免責不許可になることがないよう注意点をあげながら,パチンコの楽しみ方を(以下略

ダメだダメだ!おれはなんで一般市民の皆さんに射幸行為を促してんだ!賭博行為はダメ絶対!



(題名)士業とサムライチャンプルー
(本文)弁護士という職業は,税理士,司法書士等の有資格者職種のカテゴリーとして,「士業」,すなわちサムライの心を持たなければならない職業とされています。そんな士業には,共通の必修科目がありまして,それは「サムライチャンプルー」という唯一無二の大傑作アニメを視聴することでサムライの心を(以下略


そのアニメが好きだからといって嘘ついてどうする!そんな必修科目はない!そしてサムライチャンプルーを作成したマングローブももう存在しない!



(題名)弁護士という職業はモテるのか
(本文)結論から言ってしまえば,弁護士だからといってモテるということはありません。そうです。私がモテているのは私が弁護士だからではなく私自身の人柄が(以下略


おれは病院に行った方がいい。


そんなこんなを繰り返して,上記のリンク先の文章に落ち着きました。友達からのお題は一切使うことはありませんでした。今読んでみても,なんだこの文章はと思う出来上がりでした。結構落ち込んでいます。



(今日の本音)

ではなぜこの弁護士コラム(恥)を本ブログで取り上げたかというと,理由があります。

実は私,当会に所属しておきながら,この弁護士コラムの存在をはっきりと知りませんでした(なんかそんなのあるらしいという噂は聞いていた。)。

過去の先生方の記事ももちろん書くにあたって参考にするために読んだのですが,予想外に面白い記事があったりします。

ただ,残念なことに,当会HPのトップにある弁護士コラムのバナーが他のバナーに埋もれてしまっている上に,同じくトップページにある「新着情報」が画面をスクロールしないと弁護士コラムが更新されたのかどうかわからないという仕様になってしまっています。これは構造上仕方ないと思います。

ただ,ふと思いました。弁護士コラムのアクセス数ってどんなもんだろう,と。



ここまで書けば,賢明なる読者の皆様はお察し頂いたと思います。

そうです。ここまで読んでいただいた方のほとんどは,私のコラムのURLを踏んでいるはずです。

弁護士コラムの平均的アクセス数がどれほどかは分かりませんが,こちらには毎月数千人の読者の皆様がついています。

そうです。この投稿を読むと自動的にぼくのコラムのアクセス数が平均的なそれの桁を上回り,当会IT委員会に混乱が生じる,それを狙って本投稿をした次第でございます。これは壮大な釣り回なのです!(目力)


アクセス数が増えても,ぼくにも当会にも1円の得もありませんが,ぼくが単純にボアソナードに勝ちたい,ただそれだけのことです。


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2015年9月27日日曜日

二回試験

皆様こんにちは。日曜日も仕事をしている者です。


息抜きにブログでも更新して,また仕事に戻ります。というわけで今日は雑談です。


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皆さんは,人に騙された経験はございますでしょうか。

ぼくはあります。

「弁護士になるためには司法試験に合格すればいい。」

そう思われている方も多いのではないでしょうか。

ところがこの日本語は不正確です。まぁぼくはもともと検察官志望だったので,「検察官になるためには司法試験に合格すればいいんだ。」と思っていました。


これをなるべく正確に表現すると,
「弁護士になるためには実務修習できちんとした成績を残した上で,二回試験に合格すれば弁護士登録できる資格を得られる」

です。


そうです。司法試験に合格したら終わりではないのです。

ぼくは大学時代法学部でしたが,当時は「六法」というのがなんの法律を指すのか本気で分からないぐらい学校に行かない子だったので,

「ねえお母さん。」
「どうしたの息子。」
「おれ,この間,司法試験に合格したじゃない?」
「うん,だからあんた早く引越しの準備自分でしなさい。」
「なんか,『二回試験』てのが1年後にあるらしくて,それに落ちると弁護士なれないらしいんだ。
「あら,そうなの。大変ね。」
司法試験でさえあんなに大変だったのに,また試験がある。おれは人生で何度試験を受ければいいんだ。
「いいから早くレオパレスの契約してきなさい。修習に間に合わないから。」

これぐらいの感じでした。


簡単に言うと,司法試験に合格すると,「司法研修所」という学校みたいなところに行くことになり,全国各地の裁判所に配属され,最後に「二回試験(正式名称は司法修習生考査)」という卒業試験に合格しなければいけないのです。

ちなみに,配属先の裁判所は,司法研修所が希望を聞いてくれるのですが,本当に希望を聞いているのか分かりません。

やはり東京や大阪近郊の裁判所が人気です。弁護士の就職活動とかも,東京や大阪といった弁護士事務所がいっぱいある地域から離れると,大変みたいですからね。

そういった事情により東京等がすごい人気で倍率が高いため,希望のどこかに地方を書くと,強制的にそこに飛ばされるという都市伝説がありますが,それは都市伝説です。

「ねえお母さん。」
「なんだい息子。」
「配属先の裁判所の希望を聞いてくれるらしい。」
「そうなんだ。やっぱり横浜(実家)に近いといいね。」
「うん。「研修所に一任」というのもできるらしいけど,せっかく希望を聞いてくれるので,希望を出しておきました。」
「え?もう出したの?」
「うん。」
「どこにしたの?」
「えーとね,あ,このメモに書いてある順番で出した。」
「第一希望は横浜なのね。」
「地元だしね。」
「第二希望が東京なのは何故なの?」
「横浜から近いしね。」
「ねえ,お母さん,こういうのよく分からないんだけど。」
「どうしたの?」
普通,東京が一番倍率が高いから,それを第二希望で出してももはやなんの意味もない気がするんだけど。
「はっ!」
お母さんはあなたの先行きが不安でならないわ。でも,第四希望の静岡は分かるわ。」
「新横浜から新幹線で一本だしね。」
「ただ,第三希望について,お母さんは疑問があるわ。」
「なに?」
「なんで第三希望が鳥取なの?」
「ハチミツとクローバーでさ,鳥取砂丘の場面あるじゃん。」
「あるわね。」
砂丘が見たくて。
もういい。一年間ずっと砂丘だけ見てきなさい。



配属先は静岡になりました。砂丘はまだ見れていません。


なんの話でしたっけ,そうだ,二回試験の話だ。


そんなわけで静岡地裁に配属された私は,一生懸命修行して,無事,二回試験に合格し,今に至るのでした。

ちなみにこの二回試験,難しいです。

どれぐらい難しいかというと,司法試験に合格した人が普通に落ちるぐらい難しいです。

考えられない。結構な割合でやられます。

だからたぶん司法試験問題が漏洩したとしても二回試験で(以下略





(今日の一言)

そろそろ二回試験の時期でしょうか。

修習生の皆さんは胃がキリキリしていると思います。

ぼくも経験したのでわかります。

二回試験結果発表前,事務所に遊びに行った際,ボスが,
「これを見ろ。」
「これは年賀状のデータですね。」
「事務所で出す年賀状だ。一番下に書いてある名前を見ろ。」
「これはぼくの名前ですね。」
「もう発注した。お前が二回試験に落ちたら大変なことになる(笑)」
「なにしてくれてんですかあなた。」


という,今だから笑えるコントを繰り広げたので,分かります。

こういうとき,何を言っても胃はキリキリするので,アドバイス的なことは何もないのですが,一つ確実に言えることがあります。

二回試験の結果で,その後が大きく変わる人はいません。

ぼくはいろんな人を見てきましたが,本当にそうです。

それだけです。


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2015年9月19日土曜日

思うに。

思うんだけどさ。


例えば,「国家の財政危機に陥っておりますので消費税を10%じゃなくて100%に引き上げます。」という法案だったら,今よりもっと世論が分かりやすく割れたと思うんだよね。

今回の法案って,「自衛隊員の命を失う」とか,「この先10年の平和を守る」とかではなく,もっと「先のもの」を失うから,分かりにくいんだよね。

でもさ,こっから,本当に立憲主義がなんなのか議論してさ,

改憲した上で法案修正するでも良いし,

単に廃案するでも良いし,

要は手続の適正さに気がついて,行動を起こしたらさ,




超かっこいいよね,日本人。


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2015年9月18日金曜日

おい磯野!野球しようぜ!

今日はいつも以上の雑談をします。渡部です。


さて。今日のぼくはかなり高揚しております。大興奮です。

と,言いますのも,最近AKBジャンケン大会より話題の安保法案が,ついに成立するらしいとの報道がなされているからです。

法律の世界に身を置くことを決意してから早10年。まさかこのような歴史的な瞬間に自分が立ち会えるとは思いもよりませんでした。

なんだか大変なことなのだけど,逆に楽しくなってきました。

今日はそんなぼくの心境をお送りしたいと思います。

今日は100%個人的な感想です。もし良ければ,鵜呑みにしないで話半分,酒のつまみ程度にお付き合いください。





「立憲主義」という概念は,イギリスの哲学者,ジョン・ロックの「社会契約論」が元となって生まれたと言われています。

ジョン・ロックさんは,Wikipediaによると,1632年から1704年までの間ご存命だったようなので,おそらく立憲主義は1700年以降に欧州を中心として定着した概念でしょう。

立憲主義とは,すごく簡単に説明するなら,「権力の独善的暴走を制止する政治統制」というもので,それまで(1700年頃まで)続いていたあらゆる政治統制において,人類が必死に知恵を絞り出して考えたもの。それが「立憲主義」です。

立憲主義はその後約300年間,熟成され,使われ続けてきました。言わば,人類の叡智が詰まった道具なのです。

但し,立憲主義も万能ではありません。それを守ろうとする不断の努力がなければ,立憲主義は機能しなくなります。立憲主義は投げっぱなしジャーマンされると機能しなくなるのです。

有名な投げっぱなしジャーマンは,ワイマール憲法下のナチスドイツですね。思いっきり立憲主義を骨抜きにしました。

あと,「明治憲法下の日本ジャーマン」もそうでしたね。あまり知られておりませんが,明治憲法は立憲主義を採用していました。立憲君主制ですね。その結果,ご存知の結末になったわけですが。

戦後70年。その後日本は立憲主義を使い続けており,ぼくも当然義務教育で立憲主義を習い,いまや,首相補佐官に対して女子高生が立憲主義に関する議論を完全論破するに至るまで,日本の教育水準は上がり,立憲主義の更なる熟成が期待されるこの日本。




まさかぼくが生きているうちに立憲主義の投げっぱなしジャーマンが見られるとは思いませんでした(本気)



しかも,立憲主義よりも優れた統治機構が提唱されたわけではなくて,普通に投げっぱなしジャーマンがかまされたわけです。分かりますかこの驚き。まぁ300年も続いているから人間一回ぐらいは投げっぱなしジャーマンをかますこともあるかもしれませんが,ぼくのおじいちゃんは齢80歳を超えて,投げっぱなしジャーマンを2回も目撃するという大変ショッキングな出来事が起こり,おじいちゃんの血圧が上がらないかぼくは心配でなりません。





あ,さっきから「立憲主義の投げっぱなしジャーマン」と言っていますが,なぜ立憲主義を捨てたかというと,「必要性を重視するばかり,憲法に違反する法案を普通に通す」からです。

今回の安保法案,複数の法案をまとめて「安保法案」と呼んでいるので,議論が錯綜しやすいんですけど,わかりやすく言えば,安保法案は違憲です。憲法違反です。

報道等を見て,「いやいや,合憲だという偉い人だっているじゃない。」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが,違憲です。

どれぐらい違憲かというと,たかだか弁護士歴7年のぼくが断定できるぐらい違憲です。

そうですね,もっとわかりやすく言うと,司法試験で,「安保法案が合憲か違憲か,理由を付して述べなさい。」という問題が仮に出たとします。



「合憲」と書いた瞬間,司法試験の不合格が決定します。理由は日本語が読めていないからです。



正直,弁護士というのは,各自独立したもので,各々の思想信条を持っておりますが,こんなにみんなの意見が一致するのかとドン引きするぐらい違憲です。

今回の安保法案でなんらかの訴訟が提起された場合,


国側の代理人に同情するぐらい違憲です。





突然ですが,違憲なのはまだいいんです(暴言)。

ぼくだって,法律で違憲だと思う規定ありますからね(民法における女性の再婚禁止期間とか。昔の尊属殺とか。)。

ただ,今回のはヤバい。

ここでいつもなら,「安保法案の何がいけないのか」を語り出しますが,今日はそれはしません。理由があります。

今国会の政府答弁をずっと聞いていて,ぼくはある仮説を立てました。

みなさんご存知かわかりませんが,国会議員というものは2種類います。

優秀で国民のことを考えている国会議員
優秀だけど自分の利益しか考えない国会議員

この2種類しか存在しません。

お気づきでしょうか。①にも②にも,「優秀」という形容詞がつくのです。そうです。国会議員は優秀なのです。

だってそうでしょう。高い供託金を集める能力があり,法律だけでなくあらゆる分野に精通しなければならず,しかもいつクビになるか分からないなか,巧みに国政を考える人間。そんな人間が無能なわけがありません。だから国会議員は高いお給料もらえるし,尊敬もされるのです。

違いは国会議員が私欲に走るか否かです。ここの見分けはなかなか難しいです。相手は優秀ですからね。巧みにそれを隠すことができます。

なんの話でしたっけ。そうだ。ぼくの仮説の話だ。

そう。政府答弁を聞いていてぼくはある仮説を立てました。




まさか,この人たち,無能なんじゃ…?




信じられない事態が起きました。

よく考えてみてください。自分たちが呼んだ参考人である憲法学者(長谷部先生)に「違憲」と言われ,首相補佐官は立憲主義を知らず,なんちゃら細胞ぐらい「ホルムズ海峡はなかった」的な答弁を始める始末。

もしいかりや長介さんがご存命なら,「ドリフのコントを見直せ!もっと笑いを!」と言い出すぐらい出来の悪いコントです。



そうですこれはコントです。


ぼくが政治家だと思っていたあの人たちは,実は売れないお笑い芸人で,吉本新喜劇に出られないから代わりに国会に潜り込んだ政治家ではない芸人なのです(これが仮説)。



そうすると,話は変わってきます。

司法試験で「合憲」と書いた瞬間落ちる法案を,合憲と説明しきったと思っているあの人たちは,たぶん優秀な国会議員でもなく,優秀な芸人でもなく,無能な芸人さんの可能性があります。

ここから思考を進めます。

賢明な読者の方なら,この法案のヤバさはすでにご承知だと思います。

しかし現政権は賢明ではありません。



ひょっとしたら本気でこの法案のヤバさをわかってないのではないか?

ヤバさを教えたら上手く使っちゃうのではないか?



というわけでヤバさは割愛します。以前このブログにも書いたし,これ以上書くと気づかれる可能性がありますしね。

でもそうだな。なんかこれだとブログがしまらないな。

例えるならポーカーですかね。

ポーカーご存知ですか?地域によって若干ルールの違いはありますが,トランプを使ったゲームです。




この法案は,政権の手札に5枚のジョーカーを与えるぐらいヤバい法案です。



しかも,そのポーカーの相手は,「当該政権以外の全てのもの」です。

日本国民も当然ポーカーの相手になりますし,仮想敵国と言われている中国にも同様です。

そしてあまり議論されておりませんが,



この法案は「おいアメリカ,ポーカーしようぜ!」という使い方もできる法案です。


米「何言ってんだ。お前条約あるだろう。」
日「条約は切ろう。ポーカーしようぜ!」
米「お前の手札おかしくねえか。トランプ何組用意したんだそれ。」
日「うちはこれでやる!」



さぁ,そんな手札を手に入れた政権ですが,実はぼく,今の政権が暴走する恐れはそんなに心配しておりません。





大丈夫。答弁グダグダだったろう?あいつら条文読んでないから。気づいてないぜ。



問題は次以降の政権です。

優秀で国民のことを考える①の国会議員により政権が運営されることを期待します。

私欲に走る②の政権は,絶対にこの手札を捨てません。捨てる必要はないのです。使わなければ誰からも何も言われません。「もらったものだし。」で押し通せばいいんです。

どうですか。なんかテンション上がってきた。


(今日の一言)




次の国政選挙で一人の逮捕者も出ないことを祈るばかりだ。


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2015年8月12日水曜日

手紙

【本日のスペック紹介】
(年齢秘密)
職業会社員。
小・中・高と神奈川県内の公立学校を優秀な成績で卒業する。
最近,「実は高校受験で模擬裁判選手権準優勝校の法政女子を受けようとしていた。」と告白。
しかし,家からそう遠くない公立高校の進学へと切り替えたため,その後永遠(仮)の伴侶となる「」と出会ってしまい,残念な人生を送っている真っ只中である。

(1981年生まれ。年齢秘密の妻と同学年。)
職業弁護士。
小学校では優秀な成績を修めるものの,何故遊びより学校を優先させなければならないか自問自答を続ける。
中学校頃から登校頻度が下がりだし,担任の教師がの出席日数の計算をすることが日課となる。
高校の頃には部活の時間以外学校に顔を出さなくなり,生徒を留年させるか否かを決する職員会議にノミネートされ始める。
同時期,の仲間をフル活用し,当時同級生だった圧倒的人海戦術を用いたストーキングを行い,口説き落とすことに成功。弁護士になるとほぼ同時期に婚姻届に判を押させる。




「ただいま。」
「おかえり。どうしたの。なんか難しそうな顔をして。」
「まずはこちらをご覧ください。」
「これは手紙ね。」
「そうです。」
「しかも女性からの手紙ね。」
「事務所に送られてきました。」
「嫌な予感しかしないわ。」
「とりあえず中を読んでみてください。」
「え?読んでいいの?」
「はい。貴女のことも書いてありますから。」
「まさか…!不倫相手からの手紙では…!」
「それじゃあぼくちょっとシャワー浴びてくるから。」

〜30代半ばのおっさんの貴重な入浴シーンをご想像ください〜

「お先にご無礼しました。」
「あなた!これ!◯◯ちゃんからのお礼の手紙じゃないの!」




【本日のスペック紹介2】
◯◯ちゃん
職業高校生。
の昔の教え子。
学生にも関わらず,卓越した理論構成能力を持っており,が大変褒めていたのをも聞いており,我が家では「◯◯ちゃん」で通じる。ものすごい純粋な心を持っており,断じてと恋仲にあるわけがなく,むしろたぶんは親御さんと歳が近い。





「良かったじゃない!あなた,すごい感謝されているわよ!」
「そうですね。」
「私がこんな手紙をもらったら泣いてしまうかもしれないわ!」
「そうかもしれないですね。」
「なんでそんなに冷静なのよ。」
「いや,嬉しいですよ。嬉しいけども。」
「なにが不満なのよ。」
「いや,不満はない。いいか,その興奮は一度置いて,その手紙を冷静にもう一度よく読んでみろ。」
「どういうこと?」
「まず,お前はこの手紙の書体を見て,『不倫相手からの手紙』だと思った。そうだな。」
「!!!」
「流石だ。気がついたか?」
「字が達筆すぎる!!」
「そうだ。その通りだ。相手はまだ高校生だ。」
「忘れていたわ。◯◯ちゃんはまだ高校生なのね。」
「まるでWordで行書体で書いたような読みやすさだ。これ,自筆なんだぜ。」
「私より綺麗だわ…。」
「おれより綺麗だ。」
「あなたの字は古代文字みたいだから比較対象にすらなり得ない。」
「そして冒頭をみろ。高校生が,『拝啓 猛暑が続いておりますが…』なんて書き出しするか?」
「しない。いや,できない。」
「見ろここを。『お返事』じゃなくて,『御返事』になってる。『御』なんてパソコンの世界しか出てこないと思っていたぜ,おれは。」
「そう言われてみると,この子,すごく頭の良い子ね。文章からにじみ出ているわ。」
「この手紙の読みやすさの秘密は他にもある。各ページの文末をみろ。」
「はっ!」
「そうだ。一文が次ページにまたがないように調節されている。」
「ほんとだ!」
「これを狙ってやっているのか天然でやっているのかはさておき,ものすごい気遣いだ。」
「道理で読みやすいと思った。」
「しかも誤字がない。おそらく何度も書き直したのだろう。」
「あなたは自分のブログの誤字ですら放置するのにね。」
「そうだな。」
「ところであなた。」
「なんだ。」
「シャワーから上がったんだからそろそろ服を着てくれないかしら。」



〜30代半ばのおっさんの貴重な着替えシーンをご想像ください〜




「『奥様にも宜しくお伝えください』とか,素敵だわ〜,◯◯ちゃん(上機嫌)」
「・・・・・・」
「そんなあなたはなんでさっきからテンション低いのよ。これだけ書いてくれたのよ。もっと喜びなさいよ。」
「よく考えてみろ。」
「なに?」
「おれが高校生の頃,これ(このレベル)が書けたと思うか?」
無理ね。私も無理だと思う。」
「おれは昔から,こういう大事なことを全く学ぼうとしなかった。」
「大丈夫。今もよ。
「そしてそんなおれは,この子たちに偉そうに講釈たれてしまった。
「それが?」
「正直ヘコんでいる。」
「wwwwwwwwww」
「おれはこの子の倍は生きているけど,この子の方がずっとしっかりしている。」
「wwwwwwwwww」
「おれはいったい,今までなにを考えて生きてきたんだ。」
「大丈夫。みんなそうよ。私だって,高校時代,部活帰りに今川焼き食べた思い出しかないわ。」
「おれはそんな今川焼き食ってる女のケツを追いかけていた。」
「なるほど。◯◯ちゃんのお礼の手紙がしっかりし過ぎていて,逆に自己を省みているわけね。」
「私は貝になりたい。」
「大丈夫よ。あなたはずっとサッカーをやっていて,私とは違って,体育会系の礼儀みたいなのをしっかり学んでいるじゃない。」
「上を敬い…下の面倒をみる…体育会系の心…」
「そうよ!思い出して!いつもの面倒くさいモードに入る前に自分を思い出して!」
「高校のときにね,気に入らない先輩がいてね,その先輩を思いっきり(以下略」
「その話は初めて聞いたわ。」
「可愛がってた後輩がいてね,スコアが動いたときに興奮してその後輩の頭を(以下略」
「その手の話にことを欠かないわねあなたは。」
「もう法教育とか,偉そうにするお仕事から撤退しよう(真顔)」
「でも好きでしょあなた,人に教えることが。好きなことをやって感謝されているんだからいいじゃない。」
「もうダメだ。弁護士を辞めるしかない。」
「毎月言ってるわよね,それ。」
「もっとしっかりとした人間になりたい。」
「無理よ。」
「!!!」
「私は人生の半分ぐらいあなたを見ているのよ。あなたがしっかりした人間になれるのなら,とっくになっているわ。」
「!!!!!!」
「だいたいあなたはね,物事を,大切か否かで決めるのではなくて,『面白いか面白くないか』で決める時点でダメなのよ。芸人さんはそれで人を楽しませてお金をもらっているからいいの。でもあなたは芸人ではないわ。予備知識なしで司法試験受けるとか,なんで人生の分岐点で体を張ろうとするのよ。周りから見ている人たちは喜んでくれているけど,もっとあなたの側にいる人たちがどれだけ振り回されてきたか。だいたいただでさえ天然パーマなんだから,もっとしっかり髪をセットしないと,周りの人からどう見られてるかわかってるの?独立前はまだ事務員の皆さんがいたから良かったわ。独立した途端やりたい放題じゃない。いい?もっとしっかりとした・・・



(今日のおまけ)

おれはおれだから,こうしてネタにしてしまったけど,本当に手紙嬉しかったよ。ありがとう。

今までいろんな人から手紙をもらったけど,弁護士をやってて良かったと,少し思えた。

昔,有名な人がこんなことを言っていた。

「人は幼い頃,全てを知っている。」
「人は大人になると,全てを忘れる。」
「人は老人になると,全てを思い出す。」

確かこんな言葉だった。

どういう意味なのかはよく調べていないけど,おれは,「人間は,大人になると小さいときに知っていた大切なことを忘れてしまい,歳をとって死が近づくと,その大切なことを全て思い出す生き物である。」と理解している。

忘れないように,忘れないように,少しずつ歩いているつもりでも,君たちみたいな子に出会うと,はっとするときがあるんだよね。

正直なところ,法教育をやっていると,こっちが学ぶことの方が多いんだ。

だから君たちが知っている弁護士は,皆,生き生きしているでしょう?

みんな,好きでやっているんだ。

好きなことを仕事にすることは本当に難しいことだけど。

仕事を好きになることは,こういうふとしたきっかけで得られるものなんだ。

だから,ありがとうございました。

またね。


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2015年8月1日土曜日

法政女子さんへ(雑感)

一日に二回も更新するブロガーの鑑。渡部です。

前記事のとおり,この記事は法政女子のことを書こうと思ったけどやめました。

だってよく知らないし。

そこで,大会全体を通して見た雑感を,法政女子の皆様宛(という体にして)書こうと思います。


=========================

今回,出場された皆様におかれましては,一つのことだけ考えて,いや,考え続けて頂きたいと思います。

一つだけです。

それは,「プレゼンテーションは自分以外の他者のためにあるもの」ということです。

相手への伝え方,と言い換えても言いかもしれません。



今回の教材に取り組まれ,「多角的なものの見方」というものを体感されたと思います。

被告人の目線,証人の目線,様々な目線があり,それぞれの立場に立つことにより,一つの事象が様々な顔になるということは既にご承知だと思います。

私は後進の指導の際,「自分が見えている世界が全てではなく,人の数だけ世界がある」というようなことを偉そうに言ったりします。

そういった経験をされたことは,今後,そのようなものの見方を習得するのに大いに役立つことでしょう。



ただ,それだけではいけません。自分が多角的な見方をできたところで,その時点では多角性は自己の中で完結しており,その素晴らしい見方を他者に伝達できてこそ,意味があるのです。



実はこれは大変難しいことでして,はっきり言って,現場の弁護士でも試行錯誤しているところです。

例えば,今回,皆さんは「論告」「弁論」という,言わば裁判官(裁判員)に自身の意見を伝達するという特殊な経験をされました。

尋問で出た結果や,他の証拠から推測される事実をいろいろ自分なりに検討されたと思います。

そして,それを余すこと無く,論告弁論に反映させようと努力されたはずです。

その方向性は,決して誤ったものではありません。



他方,裁判官や裁判員の立場に立ってみましょう。そうです。あなた方が証人や被告人の立場に立って物事を考えたときと同じことをやってみるのです。

裁判官は裁判が始まるまで,証拠を見ることができません。あなた方のように,証拠が精査できていないのです。そしてそのまま冒頭手続きが始まり,尋問が始まるのです。

裁判官はまだプロフェッショナルなのでいいかもしれません。しかし,素人の裁判員はどうでしょう。どこがこの事件のポイントなのか,きちんと把握した状態で尋問に臨めるでしょうか。

もちろん,本当に上手な尋問というのは,尋問対象者との会話のような流れになり,聞いているだけである程度事件のポイントが分かってきます。だけど,このように上手な尋問ができるのは,弁護士の中でも数が限られてくると思います。当然,私はまだまだその域に達していないと思いますが。



そうすると,論告弁論は非常に大きな意味を持ってきます。なぜ冒頭陳述で事件の読み上げをしたにも関わらず,尋問等の証拠調べの後に論告弁論を行うのか。ここを是非考えてみて頂きたいと思います。

論告弁論は,要するに「事件のまとめ」です。

今まで出てきた複雑な証拠構造を整理し,裁判官が判決を書く前に,正確な事件像を裁判官に伝える。これが論告弁論の持つ意味の一つです。



ここでよく陥りがちなのが,「自分のための論告弁論になっている」ことがあるということです。

自分は証拠を精査しているという自覚があるし,裁判官もある程度「ここは分かってくれている」という慢心もあるでしょうし,そもそも証拠構造というものは考えれば考えるほど複雑になります。

そして,それをそのまま裁判官に伝えてしまうと,裁判官が事件の全体像というものを誤ったまま判決を言い渡す作業に移行してしまうということです。




繰り返しますが,論告弁論は自分たちのためにあるのではありません。裁判官や裁判員のためにあるのです。



話は変わりますが,私の尊敬する偉人の一人に,スティーブ・ジョブズ氏がいます。Apple社の創業者で,ここで書くまでもないぐらい現代のネットワークシステムに影響を及ぼした人物ですが,一点,ジョブズ氏の才能の中で特筆するものがあります。


それは,プレゼンテーション能力です。


機会があったら,ジョブズ氏のプレゼン動画を見てみて下さい。iPhoneの発表プレゼンや,大学の卒業式のゲストスピーチや,様々なものがあります。

様々なものがあるのですが,ジョブズ氏の話の入り方は,実は一種類です。



「私はこれから◯◯,△△,◇◇の3つのことについて話そうと思います。◯◯,△△,◇◇の3つです。」
「私がこれから取り組もうとしていることには,3つの問題があります。◯◯,△△,◇◇です。この3つをどうするか,これからお話します。」



ジョブズ氏は,必ず話す項目を「3」に設定します。厳密に言えば,「原則3。できればそれ以下。多くても4。」です。

そしてその話す項目を必ず述べた上で,本文に入ります。手元の原稿なんて見ません。必ず全ての聴衆の顔を見て,今自分が話していることが他者にどのように伝わっているのか,伺っているのです。

そしてプレゼン中,その「3」つの項目をとにかく繰り返すのです。繰り返して繰り返して,聴衆の脳裏に焼き付けるのです。

実はこの「3」というのには理由があり,人間が一つの話の中で記憶できる最大量が「3」と言われているためです。普段受けている授業を思い出して下さい。先生の言っていることを全て覚えている授業は無いはずです。むしろ,先生の話が脱線して面白くなったときや,先生が何回も繰り返し使わせる公式の方が脳に焼き付いているはずです。




話を戻しましょう。私は,これは裁判でも同じだと思っています。

裁判官も裁判員も同じ人間です。自分のことではない第三者の事件の意見を10分間延々聞かされて,全て頭に残るはずがありません。何故なら人間の脳はそのような仕組みになっていないからです。

そのため,裁判官に「これだけは伝えたい(=記憶して欲しい)ところ」を強調する必要があります。

自分が分析した事件結果は,漏れなく裁判官や裁判員に伝えたいのが人情だし,その姿勢は間違ってはいないのですが,繰り返しますが「プレゼンテーションは自分以外の他者のためにあるもの」ということです。自分が「言い切った」と満足するために論告弁論があるのではなく,「裁判員に理解させること」に重点を置くべきです。

論告弁論で,冒頭陳述をなぞるやり方を賞賛する弁護士もいるかもしれませんが(なんか去年そんな人いたと聞いた),ぼくはそれは論告弁論の意味はないし,裁判員も飽きると思います。

飽きられたらおしまいです。その後どんな良いこと言っても聞いてもらえません。だからこそ。「伝え方」が大事なのです。あくまで自己完結する「報告」ではなく,他者との「対話」が論告弁論です。

法政女子さんも含め,ぼくはほとんどちゃんと戦いを見ていない(知り合いの先生に挨拶したり遊んだりしていた。)し,記録もちゃんと読んで構成を練っていませんが,楽しい論告弁論はいくらでも思いつきます。ぼくが面白いだけでは意味がありません。相手が面白くなってもらわなければなりません。それが「プレゼンテーションは自分以外の他者のためにあるもの」ということです。

例えば,今回の教材は論告の方が難しかったと思います。各校どんな論告をしていたかぼくは知りません。知りませんが。

「…(前略)さて,本件では弁護側が実行行為それ自体,ないし殺意も争ってきているのでしょうか?そのような事件であります。殺人の実行行為が行われていないというのが弁護人の主張なのでしょう。しかし皆さん,よく思い出して下さい。キーポイントは,「南供述」,「被告人の犯行前の行動」,「被告人の犯行後の行動」です。もう一度言いますよ?「南供述」,「犯行前の行動」,「犯行後の行動」です。この3点を中心に考えて行きたいと思います。まず「南供述」です。視認条件も十分な状況下で,証人は被告人の実行行為を「見た」と言っているんです。いいですか,「見た」と先ほど,この法廷で,宣誓もした上で述べたのです。(以下略」

ちょっと面白そうなの始まりそうでは無いですか?

「(前略)まず検察官が軸にしている「南供述」について考えて頂きたいと思います。弁護人の意見では,この「南供述」は全く信用できません。正確に言えば,「被告人の実行行為を見た」という限りにおいて,信用性はゼロでしょう。先ほど,検察官は南供述の信用性を縷々述べておりましたが,結論から申し上げて,証人はそのような事実を見ていない可能性が極めて高いと言えます。その際ご検討頂きたいのが3点。3点だけです。まず,思い出して頂きたいのが,「何秒見ていたのか」という質問に対する答えです(以下略」

これ以上内容に踏み込むと日弁連のえらい人からなんか来るかもしれないから書きませんけど,ぼくだったらこんな入りをするだろうなと思いました。

プレゼンテーションとは,相手があることであり,相手がたまたま発言しない(発言できない)というだけであり,基本,「対話」であることを忘れてはいけません。

きっと,「論告弁論では,重要な項目ほど,最初に挙げて行った方がいいよ」というような話を支援弁護士から聞いたかもしれませんが,それは,重要なことを最後の方に言うと,相手が「飽きていて聞いていない」ことがあるからでもあります。

論告弁論は,あくまで裁判員との「対話」なのです。




さて。この「伝え方」の話は非常に難しく,ぼくも使いこなせていません。

賢明なる読者の方はお気づきかもしれませんが,本投稿は繰り返し「プレゼンテーションは自分以外の他者のためにあるもの」というフレーズを焼き付けようとし,そしておそらく失敗しています。眠い中書いているから仕方ないね。

さて。伝える能力は,別に裁判に限った話ではありません。

面接の場,授業中の発言の場,交友関係の場,他者と触れ合うありとあらゆる場で必要になる能力です。

その都度,時と場所とシチュエーションに応じた伝え方を考えなければなりません。

多角的なものの見方で満足しないで下さい。それは,料理で例えるなら「新鮮な食材を仕入れられるようになった」に過ぎません。

伝えるということは,「仕入れた食材をお客様に提供する」ということです。どんなに自分が頑張った料理でも,美味しくなければ客は去ります。

そう,料理はお客様のためにやるのです。プレゼンは聞いてくれる人あってのものなのです。その根本を,歳を重ねれば重ねるほど,地位を得れば得るほど,人間というのは不思議と忘れて行くものなので,是非,この夏培ったものを,ご自身の糧にして頂き,適当な人生を送って下さい。

頑張らなくていいです。適当ぐらいがちょうどいいとぼくは思います。



(今日の一言)
ジョブズみたいなプレゼンは無理だった。


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法政大学女子高等学校様へ

ブログ更新意欲ゼロです。でもたぶんすごく長くなると思います。

まずはこちらをご覧下さい。
【日弁連・第9回高校生模擬裁判選手権のページ】
http://www.nichibenren.or.jp/event/year/2015/150801_2.html

ご覧のとおり,本日,全国各地で高校生達が修習生顔負けのレベルの刑事模擬裁判を行い,その優劣を競うという,夏休みなんだから他にやることがあるだろう貴様ら高校生に多角的な物事の見方等を学んでもらいつつ,他校と切磋琢磨して頂くという大変高尚な大会が開かれました。

関東大会は,静岡の強豪,静岡県立浜松北高等学校が過去大会最高レベルの強豪達を打ち破り,本大会初優勝を飾りました。

実は関東大会,湘南白百合高等学校というところが8連覇をしており,王座が一度も神奈川から動いていなかったんですけど,見事優勝旗を神奈川から奪い取るという大快挙でした。

浜松北の皆さん!おめでとうございます!(お前らガチ過ぎ。)


さて。

そんな高校生三大イベント(通称「甲子園,国立,霞ヶ関」)の一つである高校生模擬裁判選手権ですが,ぼくは数年前からこのイベントのお手伝いをさせて頂いております。

去年は湘南白百合を見事8連覇に導いたことで有名なぼくですが,あまりの大変さに,「もう二度と呼ばないで下さい。」と当会法教育委員会に宣言したことは記憶に新しいところです。

そんなぼくは今年何をやったかというと,この関東大会の神奈川県予選があったのですが,

T先輩「ねえねえ。」
ぼく「嫌な予感しかしないですけどなんですか。」
T先輩「高校生模擬裁判選手権なんだけど。」
ぼく「ちょっと何言ってるのか分からない。」
T先輩「安心しろ!今年は去年みたいなボリュームのことは頼まない!」
ぼく「やだ!かっこいいT先輩!『関わらない宣言』したのに模擬裁判の話を持ってくるあたりどうかと思うけどそれを差し引いてもかっこいい!惚れる!」
T先輩「今年の予選の証人役なんだけどね。設定が『ヒモでクズで本当にダメ男』っていう設定なんだ。」
ぼく「それで?」
T先輩「察しろ。」

予選の証人役を引き受けることになりました。理由は分かりませんが,当会委員長は「適材適所だ。」と言っていました。

要するに,今回は運営側に回ったんですよ。出世ですね。現場肉体労働から本社雑用係への出世ですね。

神奈川県予選には,湘南白百合,法政女子,横浜国際,森村学園の4校が出場したんですけど,本戦と同レベルに近い戦いが繰り広げられた結果,本当に僅差で法政女子と横浜国際が本戦出場切符を取得しました。

ちなみに湘南白百合以外は全て初出場。全部本戦出したったらいいのにと思って見てました。

ぼくは一度湘南白百合の支援弁護士をしたことがあるので,白百合が敗退したことは正直あまりショックじゃありませんでした。そうだね。ぼくが支援弁護士していないからね。ぼくという存在の大きさが分かったかな?おれが毎日毎日江ノ島方面の渋滞にはまりながら学校に行ったことによる努力の重みというものを(以下略









ここまで前振りです。こんにちは。渡部です。

というわけで本題に入るんですが,やはり運営側と言っても神奈川の代表2校の晴れ舞台。ぼくは直接関わっていないけれども見に行きたくなるのが親心。行ってきました。

横浜国際,法政女子とも堂々とした戦いぶり。すごい。おれは横浜国際良かったと思うよ。あんまり見ていないけど良かったよ。法政女子も良かったよ。正直ほとんど見ていないけど良かったよ。

森村学園もそうだったんですけど,普通,こういう大会は学校が申し込んでくるんですけど,法政女子,横浜国際,森村学園は,生徒が自分で応募してきて仲間を募り,学校側の承諾まで取り付けるという,「生徒の自主性ってこういうことを言うんだな。」というドン引きガツガツ系高校生だったようです。そりゃあのレベルまで持ってくるわ。軽く引くわ。

湘南白百合も含めですが,そう言った生徒自身の主体性を尊重しているこの4校はすごいと素直に思いました。

さて,そんな夏真っ盛りのある日,ぼくに不穏な情報が入ります。

「どうやら法政女子は『渡部ログ』(このブログ)を結構見ているらしい。」

ぼくは思いました。






法政女子は予選落ちする!(確信)






当たり前じゃないですか。このブログには模擬裁判に当たって参考になること一切書いていませんからね。これ読んでいる時間があったら模擬裁判の記録読んだ方がいいよね。

ところがふたを開けてみたら初出場なのに準優勝してました。

なんなの?どれだけやる気に満ちあふれた高校生なの?しかも逆に優勝できなかったことを残念に思ってるって,どれだけ高い意識でこの大会に臨んでいるの?ヒマなの?ぼくみたいにヒマなの?

で,閉会式後,法政女子の支援弁護士(こいつは同期弁護士でおれより面白いから嫉妬している。)のところに挨拶しに行ったら,法政女子の皆さんからこう言われました。


「ブログ見てます!」

あ,そう。

「私たちのことをブログで書いてくれませんか!?」

法政女子の教員の方々!今すぐこの生徒達の自主性の高さを止めるんだ!ぼくなんかよく分からないお願いされてる!

法政女子の選手達は全員すごく可愛かったんですけど,ただ残念,ぼくはロリコンではありませんでした。そう,ぼくのストライクゾーンは28歳以上の女性です。どう考えても女子高生のお願いを聞く動機になり得ません。

いや待て。10年後を見据えたら先物買いはあるかもしれないと思いましたが,その頃には更にぼくのストライクゾーンは高めに設定されているので,ブログ更新の動機になり得ません。

そんなことを言っていたら,隣で神奈川新聞の中の人(すごく良い人。)が,ボソリと言いました。

「先生,散々この模擬裁判を記事にしてくれって言ってきたじゃないですか。」
「言った。(しつこいぐらい言った。)」
「地域面で書くことになったんですけど,」
「すごい。」
「上にかけあったら社会面で行けそうです。(おれに対する当て付けのような目線)」


上等だ!書いてやるよ!法政女子のことなんにも知らないけど書いてやんよ!好き放題書いてやんよ!書いてやるけれども!

長くなったし,ちょっと夕飯食べてから続き書く。

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2015年7月18日土曜日

休みの日に朝早く起きたから勉強してみた。

今日は小難しそうに見えるけど簡単な話をします。


憲法とは,社会において,誰が政治権力の担い手であるか,権力をどのように行使すべきか等,政治権力の基本的な在り方を定める法規範のことを言います(「広義の憲法」。)(「憲法Ⅰ第4版」有斐閣。以下「憲法Ⅰ」と省略。)。

これらの意味での憲法は,国家の根本秩序についてのルール作りに関わるものなので,逆に言えば,この広義の意味における憲法を持たぬ国家は,理論的に存在しないことになります。

ここで「広義の憲法」という言葉が出てきましたが,「憲法」という言葉は,法学上,色々な意味で使われることがあります。

例えば「成文憲法」と「不文憲法」という法形式の違いに着目した区分もあります。覚えなくていいけど。

イギリスは,日本の「憲法」と違い,不文の慣習法(≒暗黙の了解)を中心に根本秩序が形成されているという,ちょっと不思議な国もあります。

この「成文憲法」と「不文憲法」を区分する意味は,法形式の違いによって法(=憲法)の効力の強さに違いがあるべきであると考えられているからだそうです。(憲法Ⅰ参照)。




さてさて。



そんな憲法の分類(そもそも分類方法に争いもあるのだけど)の一つに,「立憲的意味の憲法」というものがあります。

先ほど申し上げた通り,(広義の)憲法は,「政治権力の基本的な在り方を定める法規範」でありますが,この意味に限って言えば,(広義の)憲法は,政治権力を如何様にも定めることができてしまうことになります。

ところが,歴史の話になってしまうのですが,もともと憲法が生まれた歴史には,絶対王政時代,国王の権力が無制限のものとなり,それに服従する国民は,無制約の権力という驚異にさらされ続けることになってしまいます。

そこで,(広義の)憲法の内容に一手間加えるわけです。

具体的には,「憲法」の意味を,「政治権力の基本的な在り方を定める法規範」から,「『権力の行使を憲法に基づかせた上で』政治権力の基本的な在り方を定める法規範」とします。

さらに具体的に言えば,①国民の自由権の保障を謳い,②権力の制限を可能とする統治機構(=権力分立)をその内容に加えるのです。

これが,一時期「そんな学説あるんですか」と,どこかの国の国会議員さんが言っていた,立憲的意味の憲法(立憲主義)というものです。

なお,立憲主義を表現したものの中で有名なものに,フランス人権宣言があります。

その第16条は,概ね次のように日本語に訳されています。

「権利の保障が定かではなく,権力分立も定められていないような社会は,いずれも憲法を持つとは言えない。」

ちなみに,これが謳われたフランス人権宣言は,1789年のものですが,仮にどこかの国の国会議員さんの言う通り,「立憲主義って学説ちゃうの?」ということになると,今の日本は1789年以前のフランスの統治状態ということになります。そうですね。ナポレオン出現以前の状態です。




さてさて。



また話は変わりますが,憲法は「最高法規」であると言われることがあります。

簡単に言ってしまえば,憲法はあらゆる法規範に比して最優先に適用されるということです。

なぜ憲法が最高法規足り得るかは,様々な側面から指摘されているところではありますが,簡単にいうと,「授権性(権力者の持っている権力というやつは,歴史的に,憲法に基づいてくれてやったものだから,その範囲を超えられないのは当然。)」,「硬性憲法性(憲法以外の法規に憲法改正権限を授権していないこと。)」,「基本価値秩序体現(人権とか高尚なこと規定しているから偉い。)」などと言った側面から説明されることが多いです。

ここで日本国憲法97条を見てみましょう。

   第十章 最高法規
第九十七条  この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。
第九十八条  この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
○2  日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。
第九十九条  天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

この最高法規を定めた第10章の構成解釈にもちょっとした議論のあるところですが,敢えて97条で「基本価値秩序体現」を述べてから,98条で最高法規性を謳っているため,憲法自体も自身の最高法規性の「根拠」を意識していたと言われることがあります(どうやら97条がこの位置に来たのはたまたまであったらしいですが,今ではその解釈が多数説っぽいです。すくなくとも,どっかの国の官房長官が「◯◯の著名な憲法学者も大勢いる」と発言したものよりも,著名な方が大勢そう言っていると考えられています。




さてさて。



よく,「違憲だ」「合憲だ」と言ったニュースが流れます。

「違憲」というのは,「憲法に違反している」という意味です。

「合憲」というのは,「憲法に違反していない」という意味です。

ここで問題となるのが,「違憲だ」「合憲だ」というのを,何を持って判断しているか,ということです。

これが今回,ブログを更新しようとした動機にもなっています。

まず,前提として,日本は立憲主義を採用しています。その根拠はあり過ぎて書ききれないので割愛しますし,たいていの人は義務教育で習っています。

次に,ある法律,または法案が「違憲」なのか「合憲」なのかを判断するには,当該法律または法案の「条文」と,憲法の「条文」を対比させる必要があります。

重要なことは,「条文」と「条文」の対比です。

先に述べたとおり,日本国憲法は「不文憲法≒暗黙の了解」ではなく,敢えて文字として明記する「成文憲法」の形式を採っています。

これは何の意味もなく成文憲法にしているわけではなく,「条文」と「条文」の対比をしやすくするため,また,一般に不文憲法よりも成文憲法の方が法的効力の強さが異なると考えられているからです。文字が存在している方がわかりやすい=権力を拘束しやすい=法的効力が強い,というイメージです。

実はこれは非常に難しいことで,と,言いますのも,条文というのはやたら難しい日本語を使っているんですよね。

そこで,大方の人が,
「条文」と「マスコミの言っていること」
「条文」と「政府答弁」
「条文」と「野党質問」
の対比で済ませてしまっていることが多いです。

しかも,それならまだましなんですけど,
「◯◯新聞の言っていること」と「◯◯新聞の言っていること」
「政府答弁」と「野党質問」
「政府答弁」と「学者が言っていること」
という,条文が全くでてこない思考回路を辿っていることが多いです。

これは,立憲主義を国民自ら放棄(権力者に丸投げ)したのと同義であると,私は思います。

特に絶対避けなければならないのは,比較対象に「政府答弁」を入れることです。

彼らは規制者ですから,我が国の統治機構の構造上,我々国民が監視しなければならない相手です。

彼らが悪者だと言っているのではありません。

人間は暴走する生き物なのです。彼らも暴走する生き物だという前提で接しなければなりません。

また,彼らが「今」そう言っていたとしても,次の内閣が同じように答弁するとは限りません。「条文」に不備があればあるほど,次の内閣,そしてその次の内閣の自由度が大きくなります。





さてさて。



先の国会において,安保法案が衆議院にて可決しました。

安保法案は関連法も含め,多岐に渡るので,このブログでその全てを見ることはいたしません。

一つだけ。この安保関連法案の肝でもある「国際平和共同対処自体に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等に関する法律(以下「例の法案」)」は,違憲です。

政府答弁ではホルムズ海峡の例等を挙げ,この法案の必要性を述べていますが,ぼくはそんな政府答弁なんてあてにしていません。

我が国に成文憲法があり,実際に条文がある以上,条文と条文を比較すべきです。

「政府答弁=条文解釈」も,もちろん一つの参考にはなりますが,そもそも政府が本当にそう考えているのか,もっと言ってしまえばのちの内閣も同じような解釈をするのか,そのような解釈をできるのか,疑問が残ります。あくまで法案の「条文」を見なければなりません。

憲法9条にはこのように書いてあります。


第九条  日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
○2  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

まず,9条は,「国際紛争を解決する手段としては,」「武力の行使」を放棄しています。これは誰がどう読んでもこうなっています。

ここで大事なのは,自衛隊の違憲性とか,砂川判決云々とか,この時点で持ち出さないことです。今問題としているのはあくまで例の法案の合憲性なので,自衛隊はひとまずおいておきましょう。そして,最高裁判決は,あくまで文言解釈の手助けをする役割を果たしているものなので,まずは条文と条文の文言の比較をすることが大事です。

次に,例の法案を見ます。

(武器の使用)
第十一条 (前略)協力支援活動としての自衛隊役務の提供の実施を命ぜられ,又は(中略)捜索救助活動の実施を命ぜられた自衛隊の部隊等の自衛官は,現場に所在する他の自衛隊員若しくはその職務を行うに伴い自己の管理の下に入った者の生命又は身体の防護のためやむを得ない必要があると認める相当の理由がある場合には,その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で武器(中略)を使用することができる。

第四項 第一項の規定による武器の使用に際しては,(刑法上の正当防衛,緊急避難)に該当する場合を除いては,人に危害を与えてはならない。

第五項 (前略)諸外国の軍隊等の要員がともに宿営する者に対する攻撃があった場合において(中略)武器の使用をすることができる。(後略)

いろいろなアプローチがあると思いますが,まずこの法律は,第11条を見ると,海外展開した自衛隊員が武器を携行していることがわかります。また,正当防衛等を前提としているとはいえ,自衛隊員の武器の使用も想定しています。

なお,この自衛隊員は,「協力支援活動」または「捜索救助活動」として海外に展開していることが前提となっていることもわかります。

これら「協力支援活動」または「捜索救助活動」は,第二条第三項により,

現に戦闘行為(国際的な武力紛争の一環として行われる人を殺傷し又は物を破壊する行為をいう。以下同じ。)が行なわれている現場では実施しないものとする。

という縛りがあるものの,第11条5項で攻撃を受けるような地域で自衛隊員が宿泊する可能性を示唆している以上,骨抜きの縛りになってしまっています。

そして,協力支援活動や捜索救助活動を含めた「対応措置」と呼ばれるものの発動条件です。

これは,まず,「国際平和共同対処事態」というものが存在しなければなりません。

第一条 この法律は,国際社会の平和及び安全を脅かす事態であって,その脅威を除去するために国際社会が国際連合憲章の目的に従い共同して対処する活動を行い,かつ,我が国が国際社会の一員としてこれに主体的かつ積極的に寄与する必要があるもの(以下「国際平和共同対処事態)(後略)

内閣総理大臣は,国際平和共同対処事態が生じた場合,対応措置のいずれかを実施することが必要であると認める場合には,閣議決定を行い,「基本計画」を定め,当該「基本計画」に従い,対応措置が実施されます(第四条)。

その「基本計画」において,自衛隊員が展開する=対応措置が発動するわけですが,この基本計画には,次の事項を定めます(第四条第二項)。
一 国際平和共同対処事態に関する次に掲げる事項
 イ 事態の経緯並びに国際社会の平和及び安全に与える影響
 ロ 国際社会の取組の状況
 ハ 我が国が対応措置を実施することが必要であると認められる理由
(以下省略)



さて。ここまで条文を読んだので,例の法案における「対応措置」に対するぼくなりの理解を箇条書きします。


  • 対応措置の発動は「国際平和共同対処事態」と「我が国が対応措置を実施することが必要であると認められる理由」が求められるが,「我が国が対応措置を実施する」必要性とは,条文上,我が国への武力威嚇等が必ずしも必要なのではなく,時の内閣総理大臣の裁量の幅が非常に大きいこと。
  • 対応措置の発動により展開される自衛隊員は,基本的には武力の威嚇や行使を条文上禁止されており,戦闘区域に配置されないような記載もあるが,武力攻撃を受ける可能性のある場所における宿営を想定されており,文言解釈上,展開区域に制限がないこと。
  • 上記は,日本国憲法第9条第1項記載の「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」に反する立法であること。
  • 従って,例の法案は違憲であること。

となりました。

もちろん,これはぼくが今ざっと条文を読んだだけの完全なる私見ですので,鵜呑みにしないでください。

本投稿の意図は,報道や他人の解釈に身を委ねるのではなく,どの人も(国会議員さんもそうだし,我々国民もそうだし。)第一次情報たる条文にあたって議論すべきだと思ったからです。

久しぶりに長い文章を書いて疲れました。

寝ます。



(今日の一言)

政府の言ってる「存立危機事態」ってどこに書いてあるの?


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2015年7月15日水曜日

表明

今日は簡単に意見を述べます。

与党が呼んだ参考人(憲法学者だし、当然近隣諸国の情勢に詳しい方々)が全員一致で「違憲」と言った法案を、本日、衆院特別委員会で、自民公明が通しました。

「ナチスの再来だ」と叫んでいる方々もいますが、ぼくはそうは思いません。

ナチス以下です。やり方があまりに幼稚すぎて、ナチスと比較することさえ無駄に思えます。

ナチスはドイツ国民の世論をうまく操りました。

今の日本は、反対多数の世論をコントロールすることすらできず、徒らに我を通すという暴挙に出ました。

あれだけの世論調査が出ているにも関わらず、国民に個別的自衛権と集団的自衛権の区別を説明する能力すらない現内閣を、私は恥と思います。

恥ずかしながら、「そのうち政府もわかってくれる」と安易に考えていた私もおりました。

もう、無い。これはさすがに無い。

憲法を殺した現政権を、おれは許さない。




許さない。


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2015年7月11日土曜日

第1回ブログ改革会議

もうすぐ何かが強行採決される危険性があるらしいですが,今日は全くそのことには触れません。渡部です。


もうこのブログも長いことやっておりまして,それなりに皆さんに見ていただいていて,「面白いよ」「つまんないよ」「何考えてるの◯カじゃないの」など,ありとあらゆる賛辞を頂戴しているわけですが,ぼく個人としては,何も考えていないふりをして,実はこのブログに悩みもあるので,ちょっとそれを検討した上で,改造してみました。


①ブログのテンプレート

実はこれ,結構前から悩んでいまして,具体的に言うと,ブログの背景画像に飽きてきていました。

ブログを始めた当初は,「とにかくシンプルなものを」というコンセプトだったので,このブログのテンプレートをご提供いただいているBloggerさんのテンプレートの,一番頭にあるテンプレートを何の考えもなく使ってまいりました。

オレンジと白の極めてシンプルなテンプレートだったんですが,なんとなくぼく自身オレンジ色が好きだったし,ぼくのイメージカラーってオレンジなような気がしていたんですけど,最近どうもぼくはオレンジでは無いような気がしてきました。

そこでぼくの人間性というものを考え抜いた結果,ぼくのイメージカラーは「黒」なんじゃないかと思ったわけですよ。ほら,ぼく腹黒いし。

そこで一回,背景が真っ黒のテンプレートに仕様を変えてみました。

ただ,ほら,ぼくのブログって,内容が薄いことをカバーするために,やたらフォントの大きさフォントの色を赤にして,なんとかやりくりしようとしているじゃないですか。

それで,一回仕様変えてみたものの,前回更新分の記事を読んでみたら,こうなっていたんですね。














なにこのただならぬ雰囲気。


黒背景に赤字がこれほどインパクトのあるものだとは想像以上でした。

発言内容も相まって,これは相当やばいイメージを与えます。

弁護士の敷居云々の話ではありません。門扉が固く閉ざされているレベルです。

即却下。

試行錯誤した結果,結局シンプルなテンプレートで色を変えるという作業に落ち着きました。

本当は背景画像が動いたり,記事の羅列を工夫したりできたんですけど,そのテンプレートを使うと,ぼくが大好きなフォントいじりがどうしてもバグって表示されるので,泣く泣く諦めました。



②ブログの題名

実は,①以上に悩んでいたのが②です。

悩んでいる内容は,賢明な読者の皆さん全員が御察しの通りです。



センスの欠片もないこのタイトル。



実はこのブログ,「にほんブログ村」というサイトの「弁護士業ランキング」に参加しています。

毎回,記事の一番下にバナーをつけておりまして,各ブログ,そこをクリックするとランキング上位になり,自然,アクセス数も増えるというシステムになっています。

ぼくは別に上位にならなくてもいいので,「クリックしてね☆」等の記載は一切書かず,置物のようにバナーを貼っているのですが,やはりそのランキング上位のブログを見ると,「弁護士◯◯の」うんたらかんたらというタイトルブログが多いです。

なるほど。「弁護士」という検索キーワードから,アクセスを伸ばすという作戦。さすが弁護士。知能犯だ。

他方当ブログ。

一見してブログなのかどうかもわかりません。

実はこのブログのタイトルになったのは理由がありまして,こういったやり取りがありました。

先輩「よし試しに弁護士のブログというものをやってみよう。」
ぼく「がんばってください。」
先輩「まずはきみが始めるんだ。」
ぼく「白羽の矢が後頭部に刺さった気分だ。」
先輩「いいからとにかく始めて見るんだ。試しにだから,なにを書いてもいい。」
ぼく「そこからどのようにアクセス数が推移するか実験するということですね。」
先輩「そうだ。」
ぼく「わかりました。モルモット的な扱いは慣れています。じゃあ全然弁護士じゃないこと書きます。」
先輩「いいよ。」
ぼく「すいません,Bloggerさんが,ブログのタイトル決めろと言っているんですけど。」
先輩「なんでもいいよ。」
ぼく「じゃあ,渡部の「部」って,「ブ」とも読めるから,とりあえず渡部ログで始めます。」
先輩「(どうでも)いいよ。」






それから数年経ってしまいました。




非常に残念なことに,このブログの固定読者もいらっしゃり,ブログのタイトルを変えることは,アクセス数低下に直結する可能性があるところまで来てしまいました。

そこで,このブログのタイトルをもう少しマシなものにしたいなと思っているので,妙案ある方はリアル世界でぼくに提案してください。

面白かったら採用します。



③最後に

前から思ってるんだけど,ぼくの事務所のHPのアクセス数がこのブログのアクセス数の10分の1ってどういうことだろう。










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2015年6月18日木曜日

とりあえず牛乳を用意してください。

すいません,今日はブログを更新するつもりはなかったんですけど,お茶を吹き出すぐらいビックリしたニュースがあったので,思わず更新してしまいます。


まずは新鮮な牛乳を一口含んで,次のリンク先の記事を読んでください。


【首相「憲法解釈に固執,政治家としての責任放棄」(読売新聞)】
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150618-00050104-yom-pol

(安倍晋三氏のセリフを一部抜粋)
その時々の内閣が必要な自衛の措置とは何かをとことん考えるのは当然だ

日本は迎撃するミサイル防衛能力を持ったが、これを使うには日米の協力が必要だ。国際情勢に目をつぶって、従来の憲法解釈に固執するのは政治家としての責任放棄だ
(抜粋終わり)



牛乳を吹き出した人はここでアウトです。噴き出さなかった人だけネクストステージ進出です。



【セカンドステージ】

さあセカンドステージです。お口に含んだ牛乳は一度飲み込んでいただいて,もう一口含んでみましょう。

いいですか。では始めます。

その時々の内閣が必要な自衛の措置とは何かをとことん考えるのは当然だ

そうですね。それは当然だと思います。

日本は迎撃するミサイル防衛能力を持ったが

ぼくは軍事関係に明るくないのでよく知らないんですけど,そうらしいです。

これを使うには日米の協力が必要だ。


いいですかよく考えてください。

本法案は日本が集団的自衛権(言ってしまえば「他衛」なのだけど。)は,日本が外国助ける法案ですよ?「防衛能力」を持ったと言いながら,「米の協力」がなければいけないと,そんな日本の重大な軍事秘密を今,暴露したんですよ?


アメリカの押し付け憲法論を振りかざしながら,アメリカに媚びて,へつらっていくスタイル☆(by安倍晋三)



牛乳を吹き出した人はここでアウトです。またも耐えた方のみネクストステージ進出です。




【サードステージ】

ここまで残った皆さんは,よほどお笑い耐性がある方なのでしょう。尊敬します。

尊敬していますが,とりあえずまた牛乳含んでください。行きます。

(憲法第99条)
天皇又は摂政及び国務大臣,国会議員,裁判官その他の公務員は,この憲法を尊重する義務を負う。



行きますよ。



従来の憲法解釈に固執するのは政治家としての責任放棄だ



従来の憲法解釈に固執するのは政治家としての責任放棄だ



従来の

憲法解釈に固執するのは

政治家としての責任放棄だ






勝った!おれの勝ちだ!


国際情勢>憲法解釈!


従来から!

なぜその憲法解釈がなされたかはさておき!

憲法99条もさておき!

この国では!

憲法の解釈を深く考える必要はなく!

個別的自衛権の範囲も考えることなく!

そんなことを考えている奴は!

政治家としての責任を放棄しているのだ!

なぜ我が日本の安全を考えないのだ!

憲法なんてごちゃごちゃ言う奴は!

政治家としての責任を放棄しているのだ!




(今日のおまけステージ)

なぜ政治家という職業が存在するかという根拠は,憲◯第四章参照。




(今日の特別ステージ)

画面の前の君!「安倍晋三」「出身学部」で今すぐGoogle検索だ!




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2015年6月8日月曜日

今回の安保法制をめぐる立場の解説図

調子に乗って作ってみました。

15分で作りました。

携帯からだと見にくいかもしれないけど,暇なとき見てください。

こういう図を誰か作ってくれないかと思っていました。

もっと良い図を誰か作って欲しいです。











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2015年6月6日土曜日

学生時代憲法が苦手だったブログ主がとある憲法学者を追ってみた。

今日は頭を使わない回です。渡部です。


今日はブログを更新するつもりはなかったのですが,まずはこちらをご覧ください。
【自民 参考人選びは政府与党方針を踏まえて NHKニュース】
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150605/k10010104141000.html


リンクを見ていただくと分かりますが,先日の衆議院憲法審査会で,与党推薦の学識経験者が「安保法制は多岐にわたっておりますので,その全てというわけにはなかなかならないんですが(中略)集団的自衛権の行使が許されるという点につきまして,私は『憲法違反である』という風に考えております。」とし,

安保法制は集団的自衛権の行使を許容する可能性がある
②(安倍政権以前の)従来の政府見解の基本論理の枠内では集団的自衛権の合憲性は説明できない
よって,安保法制は憲法違反である。

と言っちゃったもんだから,佐藤という議員さんが,

(一部抜粋)
佐藤国会対策委員長は,「私の責任でもあり,不徳の致すところだ。緊張感の欠如と言わざるをえず,よく注意すれば,未然に防げたはずだ」と指摘しました。
(抜粋終わり)

と謝りました。




なにやってんだこいつら。「防げた」とかなに考えてんだこの独裁国家。



イエスマンを探し出し,カンペを国会で読ませるみたいな作業が,現在,どっかの国の国会で行われているらしいです。すごい。小学校の学級会でもこんなことしないぜ。


なお,不思議なことに,参考人である小林節先生(慶應名誉教授)が,

「(集団的自衛権を許容する法案,すなわち現在の安保法制を)これは『戦争法』だ。

と言い切っていることは,何故か全くニュースになっていません。不思議だ。報道規制でもかかってんのか。


さぁここで問題になるのが与党推薦の長谷部恭男先生(早稲田大学法学学術院教授)です。

審査会後の与党の動きを見ていると,「こいつ,なんてこと喋りやがる!」とか「誰だよこんなやつ呼んだの!」みたいに,なんか可哀想な(失礼)扱いになっています。

ぼくは一時早稲田大学に在籍していたことがありますが,長谷部先生の授業は受けたことがありません。たぶん。


そこで今日は,長谷部先生に迫る緊急企画,「今後たぶん国会に呼ばれない男,長谷部恭男」を,プロジェ◯トX風に迫ってみることにしました。実際に。


【①予想】

ぼくは長谷部先生の本を読んだこともないし,今回の審査会の動画で初めてお話を聞いたのですが,これだけでは情報が足りません。

しかし,今ある情報から,長谷部先生の性格を推測してみます。

与党がこれほど慌てふためいているということは,おそらく長谷部先生は与党の予想を裏切る行為を行ったということです。

そう,ここまで言えば,みなさんお分かりですね。

たぶん,「押すなよ!押すなよ!絶対に押すなよ!」と言われると押してしまうダチョウ倶楽部的な方だと予想します。


【②事前調査】

この世でものすごい辞書があるのをご存知でしょうか。ぼくはそれを使って長谷部先生のお人柄を調べてみることにしました。

どーせ不思議な異端なところで学問を学んd




「芦部一門」じゃねーか!



☆説明しよう☆
「芦部一門」とは,憲法学者芦部信喜(1999年にお亡くなりになられています。)に師事した学者一門のことをいう。芦部信喜先生は,日本国憲法を学ぶ場合,絶対に名前が出てくる大御所どころの騒ぎじゃない大御所で,プロ野球で例えるなら王・長嶋クラスと言っても過言ではない人なのである。弁護士じゃなくても,法学部出身者は必ず名前を知っている人なのである。
☆説明終わり☆



違った。全然ダチョウ倶楽部的な人じゃなかった。

これは大変失礼なことを言ってしまった。ダメだ。やはりネット調査や推測では不十分だ。一次情報の大切さを身にしみて分かった。よし,お詫びに長谷部先生の本を買おう。


【③捜索活動開始】

長谷部先生の著書を購入するためには資金源が必要です。

そこで,ぼくは,おもむろにパチンコ屋さんに入り,ガンダムの台の前に座りました。

20分程タバコを吸いながらぼーっとして,事務所に戻ったとき,何故か財布の中身が5000円増えていることに気がつきました。

これは僥倖です。これだけあれば長谷部先生の本を買うことができます。ぼくは近くの本屋さんに向かいました。

なお,ここでパチンコ負けていた場合,本企画は終了する予定でした。

本屋で法律コーナーに行って,ウキウキしながら憲法の本棚を見てみたら,ない!長谷部先生の本が置いていない!

なんなの?長谷部先生の本はマイナーなの?それとも時の人になったから売り切れたの?

ネットで買おうかとも思いましたが,ぼくは明日そういう気分になっているかわからない秋の空のような人間なので,今日,欲しい,今日絶対手に入れる。そう決意しました。


川崎の事務所から東京の丸善丸の内本店へ向かいました。

ここはぼくが学生時代からよく使っている,本の在庫が半端ない本屋さんです。
専門書の数も充実しており,ビジネスマンのみならず,学生さんご用達の本屋さんだったりもします。

なお,この写真を一人で撮っているぼくを,若いカップルが「たぶんあの人お上りさんよ」みたいな目で見られました。ぼくがイケメンじゃなかったら精神的ダメージで死んでいたかもしれません。


この店の本棚はすごい大きくて,一番上の棚はなんかハシゴみたいなのに登らないと取れないぐらい広いんですけど,見つけました。長谷部先生の「憲法第6版」(新世社)

一冊だけ本棚にあったんで,速攻小脇に抱えました。確保。

せっかくなんで,他2人の参考人の先生の基本書的なのないかなーと探していたら,若い私服の男性二人組(おそらく学生。年齢的にロースクール生の可能性もあり。)

男A「あ,あれだぜ,長谷部っての。」
男B「長谷部?あぁ,違憲って言った人か。」

長谷部先生が他の先生と共著で書いた本棚の本を指差しながら,ぼくの左隣で会話を始めました。

男A「結構ニュースになってるんだぜ。」
男B「そうなんだ。」

これは一般の方の本件に対する捉え方をリサーチする二度とないチャンスでは?

しばらく二人を尾行することにしました。

男A「それにしてもすげえよな,違憲って言い切っちゃってさ。」
男B「そういうもんなのかね。」
男A「どういう人なんだろうな。(一部聞き取れず)よっぽどだぜ。」

なるほど。一般の方からするとそういう見方なのか。法学部出身者は,あの方は当たり前の話をしただけなんだけどね。集団的自衛権の行使の「合憲性の問題」と「必要性の問題」は別個の問題だしね。難しいよね。

男A「ほら見ろよ。長谷部の本が並んでいるところの,棚のあそこだけぽっかり空いてるじゃん。あれきっと,話題の人がどんな人だろうとか思った奴が買ってんだぜ,たぶん。」


その通りだ。そしてそいつは君たちの真後ろにいる。


これ以上ディスられるとぼくのライフがゼロになるので,お会計して帰りました。


ゲットだぜ!

ちゃんと買ったことを示すために領収書を撮ったら,もう一冊,法律には全然関係ない本を買っているのがバレていました。

ちなみにもう一冊買った本は中村文則さんの「あなたが消えた夜に」です。ぼく好きなんですよこの人の作品。「何もかも憂鬱な夜に」とか。

あ,ちゃんと長谷部先生の本は読みました。

本の内容を書いちゃうとネタバレになっちゃうんで(てへぺろ☆)詳細はふせますが,ドキドキワクワクのミステリーというよりかは,どちらかというと法律の基本書みたいなものでした。ラストにドンデン返しとかはありませんでした。

ただ,印象としては,ロジックをいじくるというよりかは,今ある憲法をとりまく状況を緻密に調べ上げて,わかりやすい日本語で,しかも論点も網羅する,という良本でした。初級者から中級者向けをターゲットにした本だと思います。

調査能力が異常に高い方の気がするので,他にポイントを絞って書かれた本もあったので,何かを調べるときに,今度当たってみようと思いました。




すいません,やっぱりこれだけは言いたいんですけど,この本の61ページはすごいおもしろいです。ぼくはこのページの記述を見ただけで,この本を買った価値はあったと思いました。

その記述自体は全くおかしくもなんともないんですが,今回の一連の騒動と合わせて考えると,ぼくは事務所で声を出して笑いました。

有意義な休日だった。




(61ページに関するヒント)

「安倍内閣」という言葉が出てくる。














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2015年6月5日金曜日

条文読むのが面倒くさいと思っているブログ主が条文を読んでみた。

オヒサシブリデス。渡部デス。


最近国会が紛糾しているらしいじゃないですか。

【産経新聞 「与党参考人が安保法案「違憲」”人選ミス”で異例の事態 野党「痛快」 憲法審査会】
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150604-00000538-san-pol

(一部抜粋)

衆院憲法審査会は4日、憲法学の専門家3人を招いて参考人質疑を行った。憲法解釈変更による集団的自衛権の行使を含む新たな安全保障関連法案について、与党が推薦した参考人をはじめ全員が「憲法違反だ」と批判した。

(抜粋終わり)

要するに,現在整備中の安保法制について,国会の人が憲法に詳しい人に聞いてみたら,3人全員「憲法違反だよなにしてんの。」と言っていました。国会の動画も見ましたが,3人全員言い切ってました。

それに対して,内閣の人が,「全く違憲との指摘はあたらない。」と記者会見してました。



ならなぜ呼んだ。



ところで,日本語は大変難しい言語です。一つの言葉が多義的であり,前後の文脈次第によっては意味が全く変わってくるからです。まぁ他の言語もきっとそうなんでしょうけど。

そして,法律(条文)は更に分かりにくい日本語の一つです。法律は大なり小なり強制力を発動するものであり,できるだけ多義的ではなく一義的な読み方にしようと文章をこねくりまわしておりますので,一周回って難解な文章になってしまっていることが稀によくあります。

ところで最近,報道を見ると,「この法律はどーだこーだ」とか,「あの法案はどーたらこーたら」と述べられていますが,ぼくは違和感を覚えています。

誰かが解説している二次,三次情報で満足するのではなく,一次情報を確認する大切さは,最近の偉い人も言及しています。
【平成26年度 教養学部学位記伝達式 式辞・総合情報-総合情報】
http://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/about/message/oration/

そこで皆さんには,ぜひ法律関係の報道があった場合には,一次情報である条文を読んでみて欲しいです。結構面白いから。



知ってる。読む気ないの知ってる。



いきなり「読め」と言われて読むほど皆さん暇じゃないことは知っています(こんなブログを読んでくれている時間があるということはさておき。)。

ということで,今日は,一応弁護士であるぼくと一緒に「条文の読み方のコツ」を勉強していきましょう。

これからこの世に無数と言っていいほどある法律の中から,ぼくがランダムに一つの法律を選びますので,ぼくのどうでもいい解説を交えながら,少しずつ見ていきましょう。全部はみてられないので,一部だけ見ることにします。

その法律はこちら!
http://jimin.ncss.nifty.com/pdf/news/prioritythemes/diplomacy/127725_01.pdf


【① 法律の名前を見てみよう】

ぼくが選んでおいてなんなんですけど,ぼくはこの法律知りません。

なんだこれ?司法試験に出てないぞ?あ,これまだ法律として施行されていないのか。そうか。解説本もないな,これ。よし,ならある程度解釈を間違えてもなんとでも言い訳ができるな。これで行こう。

ところでこれ,法律の名前長いな。「国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等に関する法」って,噛まずに言える自信がないな。「民法」とか「刑法」とか短いのがいいな。そういえば「民事訴訟法」は「民訴」って略語があるな。そう,法律名が長いことはしばしばあり,いちいち正式名称言うのがめんどくさいので,略すことがあります。

ところでぼくはニュースとか全然見ないんで,この法案の略語を知らないんですけど,述語と目的語から,ぼくが勝手に略語をつけました。「諸外国の軍隊」を「協力支援」する法律なんで,このブログでは,この法律の略語を「諸外国支援法」とします。

なお,今,ブログ主に「国際平和支援法それw」とチャットをしてきた人がいますが,ぼくはその法律知りません。


【② とりあえず第1条を見てみよう】

これは結構の数の法律がそうなんですが,第1条にその法律の「目的」が書いてあることが多いです。

ところがこの「目的」条文,たいてい長いです。読む気が失せます。そこでコツなんですけど,法律の条文は,「主語」「述語」をまず抜き取り,あと適当に大事そうな「目的語」を選ぶと,たいてい何言っているのかわかります。やってみましょう。

(目的)
第一条 この法律は、国際社会の平和及び安全を脅かす事態であって、その脅威を除去するために国際社会 が国際連合憲章の目的に従い共同して対処する活動を行い、かつ、我が国が国際社会の一員としてこれに 主体的かつ積極的に寄与する必要があるもの(以下「国際平和共同対処事態」という。)に際し、当該活動を行う諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等を行うことにより、国際社会の平和及び安全の確保に資することを目的とする。

どうです!読む気が失せるでしょう!(法律家としてあるまじき発言)

これを「主語」「述語」「大事そうな目的語」だけ抜き取ってみます。上記条文の下線部分だけ抜き出します。

(目的)第一条
この法律は,「国際平和共同対処事態」に際し,諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等を行うことにより,国際社会の平和及び安全の確保(する。)

だいぶすっきりしました。

なお,これだと「国際平和共同対処事態」の意味がまるで分かりませんが,上記条文のカッコ書きの前に意味が書かれています。語弊を恐れず意訳すれば,国際社会の平和を脅かされているときに日本が立ち上がらなきゃいけないとき,ということのようです。


【③ 知っていると思う日本語も辞書を引いてみよう】

ところで第一条を読んでて気になったんですけど,「平和」をガン押ししているような気がするんですよ。「安全」と同じくらい「平和」をガン押ししている気がするんですよ。「安全」はなんとなくわかるんですけど,ぼくは「平和ボケしている」と言われることに定評のある日本人らしいので,今一度,「平和」とは何か,ということを調べてみました。

これは通常条文解釈をする際にも行われる作業で,これはあまり知られていませんが,法律家の部屋には,六法と同じく,ほぼ確実に国語辞書が置かれています。そこで,広辞苑(第6版)で「平和」を調べてみました。

①やすらかにやわらぐこと。おだやかで変わりのないこと。
②戦争がなくて世が安穏であること。

なるほど。「平和」という言葉は二義ある言葉のようです。

ただ,この条文は「国際社会の平和」とか,グローバルな使い方をしているので,おそらく②の意味なのでしょう。

そうすると,第一条にある「国際平和共同対処事態」という語の実体も自ずと見えてきます。

「国際的に,世界が戦争がなくて安穏な状態を維持するためにみんなで対処しなきゃいけない事態」ということです。たぶんゴジラが出てきたり,バラモスみたいな悪の帝王が出てきたときのことだと想います。

つまり,誰かが戦いをしかけてきたので,それにみんなで対抗し,国際的に戦争をなくすこと,これがこの法律の目的のようです。

なるほど。なんて高尚な目的の法律なんだ。


【④ 目的を見ただけで安心してはいけない。】

第一条でこの法案の目的を把握して油断したぼくは,第二条の存在に気がつきました。そこには「基本原則」と書いてあり,「目的」とはどうやら別の指針みたいなことが書いてありました。

とりあえず抜き出してみます。

(第一項)
政府は、国際平和共同対処事態に際し、この法律に基づく協力支援活動若しくは捜索救助活動又は 重要影響事態等に際して実施する船舶検査活動に関する法律(平成十二年法律第百四十五号)第二条に規 定する船舶検査活動(国際平和共同対処事態に際して実施するものに限る。第四条第二項第五号において 単に「船舶検査活動」という。)(以下「対応措置」という。)を適切かつ迅速に実施することにより、 国際社会の平和及び安全の確保に資するものとする。

削ります。

(第一項:削り後)
政府は、国際平和共同対処事態に際し、「対応措置」を適切かつ迅速に実施することにより、 国際社会の平和及び安全の確保に資するものとする。

「対応措置」は,大きく分けて「協力支援活動」「捜索救助活動」「船舶検査活動」の3つがあるようです。これだけではよく分かりませんが,読み進めてみます。

(第二項)
対応措置の実施は、武力による威嚇又は武力の行使に当たるものであってはならない。 

!?

すいません,ちょっとブログ主の予想外の条文が出てきました。

諸外国支援法は,国際平和共同対処事態,すなわち誰かが平和を脅かして戦争やらかした際に,国際社会の一員として日本が立ち上がるための法律っぽく読めたんですけど,何故か武力は行使せずに対抗するらしいです。ガンジー的発想なのでしょうか。この時点では対応措置の実態が分かりませんが,まぁ読み進めていれば何かにあたるでしょう。


(第三項)
協力支援活動及び捜索救助活動は、現に戦闘行為(国際的な武力紛争の一環として行われる人を殺傷し 又は物を破壊する行為をいう。以下同じ。)が行われている現場では実施しないものとする。ただし、第八条第六項の規定により行われる捜索救助活動については、この限りでない。

(第三項:削り&意訳語)
協力支援活動及び捜索救助活動は,現に戦闘行為が行われている現場では実施しないものとする。ただし,もうすでに自衛隊が突っ込んで行っちゃった捜索現場においては,自衛隊部隊の安全が確保される場合は,戦闘行為が行われている現場で実施してもいい。


!?

条文中の「第八条第六項」とは,条文を抜き出すと,「既に遭難者が発見され、自衛隊の部隊等がその救助を開始しているときは、当該部隊等の安全が確保される限り、当該遭難者に係る捜索救助活動を継続することができる。」とあり,「安全が確保される限り」という縛りがあります。そうですね,先ほど対応措置は武力使っちゃいけないとありましたからね。


ところがこの第二条第三項の但書,「第八条第六項の規定により行われる捜索救助活動」=「安全が確保された救助活動」であるならば,現に戦闘が行われている現場での自衛隊活動をOKとしています。


現に戦闘行為が行われている現場で安全が確保されている場合ってどこだろう。


よく分からなかったので,Google先生に「現に戦闘行為が行われている現場で安全が確保されている場合とは」と検索したら,「平和安全法制」というやつがいっぱいヒットしました。このブログとは関係ないと思ったのでそっとページを閉じました。

そうなると俄然気になってくるのは「協力支援活動」と「捜索救助活動」です。この二つは,現に戦闘行為が行われている現場で安全が確保されている異世界において活動が許容されることになります。その活動の中身が俄然気になってきます。

読み進めていったら定義規定が第三条にありました。

(協力支援活動)
諸外国の軍隊等に対する物品及び役務の提供であって、我が国が実施するものをいう。    

なるほど。諸外国の軍隊等に人や物を提供することを言うのですね。

(捜索救助活動)
 諸外国の軍隊等の活動に際して行われた戦闘行為によって遭難した戦闘参加者について、その捜索又は救助を行う活動(救助した者の輸送を含む。)であって、我が国が実施するものをいう。

なるほど。諸外国の軍隊の戦闘行為について避難した戦闘参加者を救う行為なんですね。



これ,ぼくの素朴な感想なんですけど,これどっちも諸外国の軍隊が活動していることを前提にしているんで,どちらも思いっきり戦闘行為が行われている現場にGOするパターンのやつじゃないですかね。


そうなってくると条文同士の整合性がつかなくなります。第三条の本文を読む限り,協力支援活動と捜索救助活動は「戦闘行為が行われていない現場で実施するもの」と「戦闘行為が行われている現場ではあるが第八条第六項で規定する場合に実施するもの」の二つの局面を想定しているように読めるんですけど,協力支援活動と捜索救助活動はそもそも動いている諸外国の軍隊等に対する手助けであり,諸外国の軍隊等が動いている以上,そこは戦闘行為が行われているような気がするのです。

わかんなくなってきた。あれか。たぶん諸外国の軍隊が戦闘を行っていないなんかのときに手助けすんのか。

いやまてそもそも諸外国支援法は,第一条で国際社会の平和が脅かされそうになっている状態を想定していて,その上で諸外国の軍隊が動いているから,軍隊は普通戦闘行為するんじゃないのか?

分かった!諸外国の軍隊は戦闘しないんだ!





(雑感)

毎度のことですが,このブログはオチを考えずに書き始めています。

条文を読んでいたら今までにない疲労感が湧き上がってきたので,ここまでにします。

今回はぼくの読解力の無さを露呈した回になってしまいました。申し訳ございません。

ただ皆さん,ご安心ください。この法案が仮に通ったら,きちんとした逐条解説が出ると想います。

たぶんぼくの理解とは違った,整合性ある逐条解説が出ると思います。

大丈夫です。この法案はしっかりした法案です。





だって総理大臣がそう言ってたから。




(今日の一言)

本記事は,安保法制の合憲性は問題としておりません。

あくまで法律の条文解釈として,こういう解釈はどうだ,と問題提起をしているだけです。

本来,合憲性が担保された上で法案の中身を議論するのが,立憲主義の筋だと思いますが,面白そうなので気が付いたらこんな形でブログ更新してました。すいません。



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