2018年5月8日火曜日

鼓舞

約半年間,ブログのトップページが痔の話題のまま放置。渡部です。


今年に入りまして,大変困難そうな事件を受任したり,本当に職場と家の往復をするだけの半年間でした。プライベートほぼなし。

で,今日,後輩の弁護士から,「先生の痔のブログ面白いですよ」とお褒めの言葉をいただいたんですけど,


これは痔のブログじゃない。弁護士の業務ブログだ。


まずい。ブログ更新しなきゃ。そういうわけです。




で,いきなり話は変わるんですけど,私,弁護士になって10年らしいです(なんか10周年を同期で祝う会のお誘いがきました。私は人見知りなので既読スルーしました。)。

キャリア10年というのはなかなか一般の方からするとイメージが湧きにくいと思うのですが,もう「若手」ではなく,「中堅」と呼ばれるらしいです。

それでもイメージが湧きにくいと思うので,お笑い芸人さんでいうと,ぼくの同期はパンサー,日本エレキテル連合といったところのようです。イメージできたでしょうか。

ちなみに当会の会長クラスとなると,だいたい30年選手になります。お笑い芸人さんだと雨上がり決死隊,さまぁ〜ずなどです。イメージできたでしょうか。

10年選手の弁護士というのは,お笑い芸人だと「まだキー局の冠番組をもてない」,その程度だということです。なんだ,全然じゃないか。



ただ,飽きっぽいぼくが10年も同じ仕事を続けさせていただけているのは,周囲の方々の理解とご協力とご依頼あってのことなので,本当に恐縮です。

ぼくはきっと,生まれ変わっても同じ弁護士という仕事を選b




嘘です。選ぶわけありません。



楽な仕事がないということは重々承知しております。しかし,例えば自分の子供に同じ仕事に就かせたいかというと全くこれっぽっちも思いません。

・人様の人生をダイレクトに左右するプレッシャーにメンタルがやられる。
・日々経費との格闘。
・仕事の99%はパソコンに向かって起案。
・華々しさは皆無。
・会務という名のボランティア。

自分で選んでおいてなんですが,お金を稼ぐなら他に方法があったはずです。

というわけで,仕事が一区切りついたので,「弁護士になってなかったらどんな仕事がしたいか」という小学生のような現実逃避をこれからしようと思います。


ただし,ただあれこれ想像するだけではつまらないので,私の属性等から,あり得る選択肢をできるだけ理論的に抽出しようと思います。

①素養

まず,肉体労働は無理です。

学生時代サッカーをやっていたのですが,どんだけ筋トレしても170センチ56キロ(体脂肪率2%)を超えることはなく,体を使った仕事はダメです。
よって,
・スポーツ選手
・腕っ節が必要なガテン系お仕事
これらは真っ先に除外されます。素質がありません。

では,頭脳労働はどうでしょうか。

残念ながら頭脳労働は無理です。

そもそもぼくはまともに学校に行っていなかったのですが,理由は「勉強が嫌い」だからです。
司法試験に受かったのは運です。
よって,頭脳労働による対価をもらえる仕事は除外されます。素質がありません。



これらの考察からすると,ぼくは「肉体を動かすことなく,頭も使わない」で対価を得る方法を考えなければなりません。


②本人の希望

先に素養の方から話してしまいましたが,本人の意向というものも重要です。

「好きこそ物の上手なれ」という言葉があります。ある程度素養で劣っていても,それに勝る情熱があればそれなりになんとかなるはずです。

また,私が尊敬する検事が言いました。「職業が人を作る」と。仕事の向き不向きを自分で決めつけないで,一度決めて続けていれば,それなりの人間になるはずです。

そこで,私が好きなものを箇条書きにしてみました。
・サッカー
・将棋
・ゲーム
・寿司
・文章を書く
・女性

これを客観的に見てみます。
・サッカー(全国レベルってすごい。無理だわ。)
・将棋(将棋ウォーズ2級。)
・ゲーム(対人でウイニングイレブンで勝ったことなし。)
・寿司(美味しい。)
・文章を書く(何も考えないでブログが書ける。)
・女性(弁護士という肩書きを得てもモテないものはモテないことが実証された。


この中で唯一,「文章を書く」だけ光明が見えました。ではこれで対価を得ることができるのでしょうか。

③検証

結論から言えば,無理です。

実は,もうずいぶん前の話ですが,とある編集の方から,このブログを書籍化しないかというお話を頂いたことがありました(衝撃)。

編集「とても弁護士の先生が書いたように思えないし,読み物として面白いと思うんです。」
ぼく「ほう。わざわざ自分の恥部を書籍という物質に変えようという話ですか。正気ですか。」
編集「ただ,記事数が絶対的に足りないです。もっと更新してください。」
ぼく「どれくらい?」
編集「週に1度くらい更新していけば,(この)話に現実味がでます。」


無理だよ。痔の話で半年放置しているぐらいだもん。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

新年度が始まり,就職活動や新しい環境に飛び込んだ方も多いと思います。

少しだけ,真面目な話をさせていただきます。読み飛ばしてくださって構いません。ブログのオチはもう終わったので。

私が弁護士になった動機はいろいろあるのですが,弁護士を「続けている」理由は一つだけです。

ある人に評価してもらいたい。

それだけです。

ただ難しいことに,その「ある人」から,直接褒めてもらうことはもうありません。

ただひたすら,自分が正しいということをやり続けなければならないということだけは理解しています。

私の場合,たまたまそれが弁護士という仕事を得ることができたので,ただひたすらその評価を欲しくて(実際にはもうこの耳で聞けないんだけど),仕事を続けています。

評価してもらえてしかるべき場所まで到達できたかというと,10年経っても全然ダメだな,と自分で思います。

ただ,不思議なもので,そうやって生活していると,慕ってくれる同業者の方ができたり,頼ってくれる昔の友達が現れたり,妻ができたりするもんです。

自分では納得できていませんが,そういう人たちは大切にしたいなと思っています。

「職業が人を作る」とK検事は言ってくれましたが,果たして私は少しは弁護士らしい人間になれているのでしょうか。

10年ぐらいでは,まだ迷ってばかりです。

私は仕事を続けることそれ自体は大したことではないと思っています。

ただ,自分で決めた「何か」がブレないでいることは,ちょっとだけ誇らしいし,「ある人」に唯一褒められたところなので,この先,同じ仕事を続けるにしても,別の仕事を始めるにしても,ブレることだけはないようにしたいと思っています。

司法試験も,就職活動も,迷うことだらけでしょうが,実はそれ自体は人生で大きな意味を持たないと思っています。

どれだけブレないか,また,ブレたときに気がつけるかが,私はとても大事だと思っています。

私はそれを,この10年,お客様から教わりました。

いろいろな方の事件を受任しましたが,皆さんをみていて,そう思えました。

何が大切なのか,私もときどきわからなくなるときがありますが,そうしたら目を閉じて「ある人」に聞くようにしています。

必ず,答えを一つだけくれます。

さぁ,仕事でもしましょうか。明日も訴訟提起です。負ける気は,しません。

2018年1月7日日曜日

前回の続き(但し痔の話とはちょっと違う)

前回記事の続きです。渡部です。


実は,前回の記事は,あらかじめ「続編」を想定して書いていたので,その続編をどのタイミングで投下するか見計らっていたのですが,諸事情を総合的に考慮し,本日,続編を投稿することとしました。

その理由は読んでいただくとわかるシステムになっておりますが,たいした理由ではありません。

では,スタート。

〜〜〜前回のあらすじ〜〜〜

いぼ痔があり得ないぐらい痛くなったので手術した。

〜〜〜〜〜以 上〜〜〜〜〜


【告知編】

時は前回記事の【DAY 9】に遡ります。
そうです。いぼ痔の手術中のことでした。

先生「よし,いぼ痔を切開できた。」

ぼく「お見事!(麻酔が効いているため全く痛く無い。この後麻酔が切れて地獄を見る。)」

先生「うーん,これ,一応検査に回しておきますね。」

ぼく「検査?」

先生「うん。」

一体何の検査なのかわかりませんでしたが,麻酔が効いている上に宿敵いぼ痔が身体からなくなった達成感,平日の昼間にも関わらず下半身を解放して手術台に寝そべっている開放感から,その時は何も思いませんでした。



ただ,いぼ痔の手術をしたことがある方はわかると思うのですが,たかがいぼ痔,されどいぼ痔,「手術」をしているので,術後の経過を見るために通院を続けなければなりません。週に1度のペースで通院していました。

基本的に肛門科の素晴らしさに気がついたぼくは,むしろ肛門科に通うのが楽しくなっており,持ち前の人懐っこさを活かした営業能力を無駄に肛門科で発揮し,お尻丸出しにしながら看護師さんの法律相談に乗っていたりしました(職業は手術時にバレている。)。


あれは三度目の通院だったので,術後三週間前後のことです。

先生(もはやマブダチ)がいつもと少し違う,難しそうな顔をしていました。


先生「わたべさん,手術の時,切除した痔を検査機関に回したの覚えている?」

ぼく「そんなことあったかもしれません。」

先生「その結果が検査機関から届いたんだよ。」

ぼく「ふむ(何か嫌な予感。)」

先生「検査結果がこの紙に書いてあるんだけどね,難しいからわかりやすく説明するね。まずね,(以下略)」

ぼく「何言ってるか全然わかりません(清々しいまでの態度)。」

先生「じゃあもっとかいつまんで言うね。わたべさんは,今回の痔になる前に,ずっと長い間,痔,ないし炎症を肛門内で起こしていた可能性があったの。それが今回レベルⅢまで育っちゃったのね。」

ぼく「そこまではわかった。」

先生「でね,炎症を起こすと,炎症を治すために,細胞は一度死んですぐ新しく再生しようとするの。細胞は,「死んで,再生して」のサイクルが元々あるんだけど,炎症がずっと続いていると,そのサイクルが細胞の寿命と関係なしに早いスピードで行われるのね。」

ぼく「なるほど。」

先生「そこで,ようするに「細胞の上書き」が行われるわけだけど,再生サイクルが頻繁に行われると,うまく「細胞の上書き」ができないときがあるの。」

ぼく「そうなの?」

先生「そうなの。」

ぼく「つまりあれですか,Excelでセルのリンクを複雑にしすぎて上書き保存した時に,何かの拍子で上書き時にリンクがうまく更新されなくてオートSUMが正常に作動しなくなって,合計値が合わなくなって必死に電卓叩く例のあれですか(Excelあるある)。」

先生「イメージとしてはそれ。でね,検査機関の結果によると,おそらくその「細胞の上書き」がどこかでミスが生じたようで,わたべさんのいぼ痔から,『異形のDNA』が検出されたの。」

ぼく「先生,ぼくは職業柄か,なんとなく相手の言わんとすることを理解しようとする性がありますが,はっきり言ってもらって構わないです。それは,癌の可能性がある,ということですか?」

先生「(一呼吸おいてから)そういうことです。」



癌?




ぼく自身は,この先生はとても良い先生だと思っておりまして,文字におこすと淡白な感じがしますが,ぼくの心情面を最大限配慮しながら話してくれたと思っています。
先生の話をまとめると次のような感じでした。

・いぼ痔から『異形のDNA』が検出された。
・『異形のDNA』は細胞の上書きが頻繁に起こると生じる場合がある。
・おそらく,長年便通の際に肛門に負荷をかけていたため,炎症が慢性化しており,時期は不明であるものの,その際に細胞の上書きミスが生じた可能性が高い。
・肛門付近の癌は,医学上大腸癌とは呼ばない。おそらく癌だとすると扁平上皮癌(へんぺいじょうひがん)。
・切除したいぼ痔以外の細胞を調べる必要がある。そのため,大腸カメラをする必要がある。



さぁここまで小難しい話をしてきましたが,癌(あくまで可能性)と言われたその瞬間のぼくの気持ちはどういうものだったのでしょうか?ショック?悲しみ?諦め?焦り?このブログのスタンスでもありますが,嘘偽りなく書きます。






「最上の被験体(ネタ)を手に入れた(ガチ)」





私は一昨年,義父を癌で亡くしていますが,とても悲しかったです。悲しいと言う言葉でおさまらない感情でした。

他方,今回は他人ではなく自分自身が被験体であるため,周りの人がどうだか知りませんが私自身が悲しむことはありません。

痛いかもとか,手術かもとか,そういうネガティブな考えよりもまず先に,「未体験ゾーン突入」という高揚感が圧倒的に勝ってしまいました。

よく考えてください。先生は「便通による炎症が蔓延化したため細胞の上書きミスが生じた」と説明していますが,これをぼくが理解できる日本語に訳すとこうなります。


「う◯このし過ぎで癌になる。」


そうです。先生はオブラートに包んでくれていますが,要はうんこをし過ぎて肛門を酷使したために異形のDNAが出てきてしまったのです。万が一ぼくが死んだら死因は「扁平上皮癌」かもしれませんが,ぼくのお葬式で,地元の友達は口を揃えてこう言うでしょう。


「源はう◯こをし過ぎて死んだ。」


ぼくらしい死に方だ。人生のオチとして美しすぎる。



このため,告知らしきものを受けても全く悲観することがなく,むしろどうネタにするのか考えながら事務所に帰りました。
しかし調べてないけど,扁平上皮癌というのは,癌という以上,これで亡くなられている方もいるだろう。
ましてや自分はまだ癌と確定したわけでも無い。
ネタにするのは不謹慎かもしれない。
でも,こういうことを知らないで放置して手遅れになる人がいてはならない。
ただ,不確定情報をブログに晒すことはできない。
でも書きたい。
誰かに言いたい。
どうしよう。どうしよう。
よし。現在までに確定している情報をブログにするのは別にいいんじゃないか?
癌と確定していないのであるならば,癌という事実を除いて書けば嘘にはならないんじゃないか?
いぼ痔から癌が見つかるなら,今,いぼ痔で悩んでいる人がすぐ肛門科に行って,本当の意味で手遅れにならないような記事を書くこと自体はいいのではないか?

こう考えて行動に移したのが平成29年11月22日21時45分です。




そうです。前回の投稿はこの告知を受けた日に書きました。




〜〜〜〜〜余談〜〜〜〜〜〜

割と冷静に受け止められたと思っていますが,それは再三申し上げている通り,義父の存在が大きかったと思います。
20年以上に渡る癌との闘病生活で,最後の方は喋ることもできず,それでもぼくに最期まで笑顔を見せていた義父は,ぼくの心の中で「士」であり,「こうありたい。」「義父の癌に比べれば,可能性の告知で動揺するわけにはいかない。」と心を保てたのだと思っています。
また,かなり早期に異形物が見つかったので,致死率もそんなに高く無いだろう,高かったらもっと医者も気を使った告知をするだろうと思っていたのだと思います。
私は自分のことを笑いに変えたい性格ではありますが,この病気で苦しんでいる方も多くいらっしゃると思いますし,ぼく以上に心のあり方で悩んでいると方が大勢いると思っています。
その人たちの何万分の1の出来事を体験した今だから改めて思いますが,ぼくはその人たちを心の底から尊敬します。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


【告知の告知編】

さて。

そんな突拍子もないことを先生から言われたぼくですが,動揺するよりも,悲しむよりも,ネタとしてどう扱うか考えるよりも,先にしなければならないことがあります。

仕事です。

仕事には絶対に支障をきたしてはいけません。ちょうど年末に差し掛かった時期でしたが,身体自体は元気そのもの。通院の関係と期日の関係はうまくスケジュール調整できました。

但し,先生から注意事項が出ました。
①三食バランスの良い食事をとる(1日一食しか食べてなかった。)。
②必ず決められた通りの投薬する。
③コーヒー等はダメ。
④タバコ厳禁。

先生には,④以外は全て守ることを誓い,家路につきました。(私は1日80本のタバコを吸う人でしたが,40本に減らすから許してくださいと言いました。先生は許してくれませんでしたが,現代医学の力はタバコに負けないことを信じました。)

ただ,食事制限が出ている以上,配偶者の協力は絶対に必要です。妻には言っておく必要がありました。
但し注意事項として,義父,つまり妻の実父は一昨年癌で亡くなっております。「癌」というワード自体妻は敏感になるでしょうから,そこはうまいこと,妻のショックを和らげなければなりません。


(妻編)

ぼく「ただいま。」

つま「おかえり。」

ぼく「あのさ,「かもしれない運転」って大事だよね。」

つま「車を運転するときの?」

ぼく「そう。「あの角から子供が飛び出してくるかもしれない運転」,「前の車がウィンカーつけずに左折するかもしれない運転」とか。」

つま「大事よ。源ちゃん普段車通勤しているから気をつけないと。」

ぼく「今日,先生のところに言ったら言われました。」

つま「なんて?」

ぼく「癌かもしれない。





大失敗でした。




やばい泣いてる喚いてる,うわー,タバコをどうたらとか言い出した,うんうん,癌じゃ無いの。癌「かもしれない」状態なの。そんなおおごとじゃ無いの。

とりあえず妻を落ち着かせました。

身体自体はぴんぴんしていること。

おれ自身の心は保てていること。

仕事には今の所支障が出ないようになっていること。

まずは大腸カメラをしてみないとわからないこと。

わからないことを考えても仕方のないこと。

まだ一歳にもなっていない子供もいるんだし,今やるべきことをしなきゃいけないこと。

ちなみにおれは生命保険をマックスまでかけているから死亡保険金4000万円が出ること。

さすが弁護士の妻です。落ち着きました。特に保険金の話をしたときの妻の表情が印象的でした。


(元ボス編)

ところでぼくは弁護士会のとあるプロジェクトチームに所属して,一応副座長という役職を与えられております。

このチームの業務だけは,ぼく個人のスケジュール調整でクリアできない上に,下手に役職があるため,ぼくがいないとうまく回らない可能性があるプロジェクトです。

手術の可能性もあり,チームの業務に支障が出る可能性があるため,トップ,座長である元上司の弁護士に話に行くことにしました。

ぼく「すいません,ちょっと(二人だけで)いいですか?」

元ボス「どうした?」

普段ふざけた話しかしない間柄ですが,こんな切り出し方はぼくが「独立します」と言い出したとき以来だったので,元ボスも身構えていました。
しかしぼくは前日,妻に伝える際にした失敗を糧にする能力があります。大丈夫。今度はうまく行く。

ぼく「(二人っきりになって)これから話すことは,あくまで『たいしたことない話』だということを認識してください。何を話しても『たいしたことない話』,です。」

元ボス「わかった。」

ぼく「ぼくは癌かもしれません。原因はうんこのし過ぎです。」

元ボス「(いろんな意味で)どういうことだ。」


今,文字におこしてみたら,確かにこれで伝わると思う方がどうかしています。

意外にも(失礼)元ボスはすごく心配してくれて,あれこれ症状やら生活やら心配してくれました。

元ボス「癌は家系によるとか言われるしなぁ・・・」

ぼく「なるほど。」

プロジェクトチームの業務に支障が出ないようにしたぼくは,早速自分が癌家系かどうか確かめることにしました。




(お母さん編)

「ただいま電話に出ることができません。ピーっと鳴ったら・・・」

電話に出ないのでめんどくさいから伝えるの端折りました。


たぶん,ぼくのお母さんは,このブログでぼくの状況を知ることになると思います。




【大腸カメラ編】

いよいよ大腸カメラの日がやってきました。

大腸カメラはほぼ丸一日使います。

午前:下剤を飲んで腸をカラにする。
昼過ぎ:30分ほど大腸カメラ検査。
午後:2時間ほど安静にした後帰宅。帰宅後も安静。

ていう感じです。

朝9時に病院に来るよう指示されていたぼくは,見事9時15分に病院に到着。

看護師さんからモビプレップという下剤を飲むよう指示されました。

このモビプレップが厄介で,飲み方があります。
・モビプレップは全部で2リットル。
・まず,200ミリリットルを10分〜15分かけてゆっくり飲み,それを5回繰り返す(合計1リットル)。
・次に,水200ミリリットルを10分〜15分かけてゆっくり飲み,それを3回繰り返す(合計600ミリリットル)。
・さらに,モビプレップを200ミリリットル10分〜15分かけてゆっくり飲みそれを5回繰り返す(モビプレップ第2ターン)。
・最後に水200ミリリットルを10〜15分かけて3回以上繰り返す(水第2ターン)。

で,このモビプレップが,なんというか,絶妙なまずさなんです。

飲めなくはない。だが決して美味しくはない。できれば飲みたくない。ぼくが大人じゃなかったら駄々こねて絶対に飲まない。だがぼくは大人なので我慢して飲まなきゃいけない。このまま大人になんてなりたくない。ネバーランドで過ごしたい。

だが男にはやらねばならない時がある。

このモビプレップを飲むと便意が来るんですが,便が最終的に透明の水だけになるまで飲み続けます。

逆に言えば,便がカスもなく透明にするのが目的なので,そこまでいけばモビプレップを全部飲み干す必要はないというメリットがモビプレップにはあります。

ちなみにぼくがそれを知ったのはモビプレップを1.8リットル飲み干した後で,便はとっくに透明になっていました。

ぼく「ここまできたら全部飲みたい(使命感)。」

看護師「ダメです。」

モビプレップをせがんできた患者さんは初めてだそうです。



そしていよいよカメラを肛門から入れて腸の中を見るわけですが,ぼくには不安がありました。


ぼく「すいません,トイレ行っていいですか?」

看護師「また行くんですか?もうカメラ始められますよ?」

ぼく「だって,カメラ入っている状態でうんちしたくなったら,ぼくはカメラごと噴出する自信があります。」

看護師「大丈夫です。もう先生来るから始めましょう。」

ぼく「ひどい。」

看護師「大丈夫なんです。カメラの先に,便とかを吸引する掃除機みたいなのがついていて,便を吸いながらカメラが入って行くんです。だからカメラの最中に便が出ることは絶対にありません。


なんということでしょう。

単に腸内を見るだけならカメラ機能だけで十分なはず。しかし匠は利用者の目線に立って粋な吸引機能までつけてくれたのです。費用も当初の予算の範囲内。匠の心配りが見て取れます。(劇的ビフォーアフターの音楽を脳内で流してください。)


先生「あれ?」

ぼく「なに?」

先生「わたべさん,腸の中,すごく綺麗だね。」

ぼく「ぼく,他人から『綺麗』って言われたの初めてです。」

先生「うん。すっごく綺麗。心配していた肛門付近も,腫瘍みたいなものはないね。ほら,スクリーン見てくれない?ここ,たぶんいぼ痔の手術痕だけど,この辺の細胞,2箇所ぐらいもらっていい?」

ぼく「どうぞ。」

先生「あ,ここももう一個もらっていい?」

ぼく「好きなだけどうぞ。」




【まとめ】

というわけで,「お前のいぼ痔,癌かもしれない」と言われたものの,どうやら大丈夫そうです。

いぼ痔に異形のDNAがあったこと自体は事実ですが,他に転移しているか可能性は極めて低いそうです。

はっきり可能性として「ない」と言われるまでこのブログは更新しないつもりだったのですが,

ぼく「癌じゃないと断定していいですか?」

先生「一年後また来て。

うん,そんなに待てない。

というわけで,ブログを更新することにしました。



このブログの性質上,ネタっぽく書いていますが,癌の闘病生活それ自体は大変苦しいものだということを私は見てきています。
どのような境遇であれ,それと戦っている人間は尊敬しますし,それをサポートされている方の並並ならぬご苦労は目頭が熱くなるときがあります。
そこには他人から評価を得たいという人間の欲望ではなく,「生きるために戦う」という評価を求めない強さがあり,そのような強さを私は本当に尊敬します。
この投稿を見て,自分は全然健康だけど,ちょっとだけ病院に健康診断に行ってみようかなという方が一人でもいたならば,私がこの文章を書いた意味があったと思い,投稿する次第でございます。

弁護士の業務ブログとして書く内容ではないかもしれませんが,そのような目で読んでいただければ幸甚でございます。

長文を読んでいただき,誠にありがとうございました。



疲れた。